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雑記および拍手にてコメントいただいた方へのご返信用です。
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最初の仮タイトルは、「Marriage meeting」でした。
タイトルどおりの展開にしようと思っていたので、みごとに、あてがはずれました。
どうしてこうなった。
シオンさまにパワハラされるミロが書きたかったのです!



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師であるシオンからミロと結婚するよう居丈高に命じられたとき、
「また馬鹿なことを言い出した。」
嘆息交じりにムウが覚えた感想は、それだけだった。教皇権限だか師匠権限だか知らないが、れっきとしたパワハラであり、訴訟を起こしても何ら問題のないレベルだ。
ムウはちらりと時計に目をやった。眼前のシオンの話はくどくどと続いており、いったいどれくらい続けられるのか、迷惑な反面、興味もあったのである。何せ、弟子はりんごの皮むきをしていて、話を聴いていないのが明白な状況なのだ。これはもはや、どちらが先に折れるかの根競べ勝負だ。
最近、シオンはとかくミロがお気に入りである。それは、ムウも疾うに感づいていた。何せ、これでもかというほど猫かわいがりしていて、教皇宮はおろか白羊宮にも招くくらいのだ。気づかない方がおかしい。
シオンがミロを気に入った理由はいろいろ挙げられるが、一番の理由は、話をしていていちばん楽しいのがミロだからだろう。年長者を敬うように教育を施されたミロは、いくどとなく繰り返されるシオンの昔話を、いつも、目を輝かせて嬉しそうに拝聴するのだった。これは、老人にはたまらない。
ボケ老人の何度目になるかわからないいつもの話など「ハイハイそうですか。」で終わらせてしまっても差支えないのだが、ミロにとってはそうではないらしく、特に、先代の聖戦の話などは、シオンの一言一言に真剣に耳を傾け、ことあるごとに「流石、教皇!」ともてはやし、同じ話を繰り返されてもまったく意に介さず、これはシオンでなくとも気分が良くなるだろう、と思わざるを得ない拝聴姿勢なのである。
同じ理由で、童虎もミロを大いに気に入っているようだが、童虎の弟子である紫龍はもうお相手がいるらしいから、お鉢がムウに回って来たに違いない。
「あんなにいい娘もおるまい。」
「確かに、同僚として気持ちのよい者であることは否定しませんが…。」
ムウは皮むきを終えたりんごをくし切りにしてボウルに放り込みながら、言葉を濁した。
確かに、ミロは気の良いやつだ。ご多分にもれず、ムウも気に入っていた。でなければ、いくら貴鬼にせがまれたとはいえ、ミロのためにアップルパイを作ろうとはしないだろう。
昨日、ムウは所用があったため、貴鬼の世話を同僚であるミロに任せたのだった。貴鬼ももういい加減いい年なので、他の聖闘士候補たちと闘技場で訓練を受けさせても良いのだが、ミロが貴鬼の世話を買って出てくれたので、それならばと言葉に甘えたのである。
それから、貴鬼の話はミロ一色になった。訓練のあと、街へおりて遊んでもらったらしい。満面の笑みで語り続ける貴鬼に、ムウはびっくりしてしまった。
ムウは貴鬼が年相応に笑うところをあまり見たことがない。師弟にあっては当然のことながら、貴鬼にとって、ムウは愛する家族である前に敬うべき師匠なので、しかめ面らしい表情でいることが多い。
だからムウは、青銅相手には目まぐるしく表情を変えている印象があるものの、このように興奮を抑えきれず、身ぶり手ぶりで矢継ぎ早に楽しかったことをまくしたてる貴鬼を見るのは初めてだった。興奮に頬を紅潮させて、舌をもつれさせながらも必死にしゃべりまくるくらいだから、よっぽど楽しかったのだろう。
よく言えば、誰に対しても無邪気で真摯、悪く言えば、いつまで経っても成長しない子どもっぽいところが、ボケ老人だけでなく子どもにも大人気なミロである。
師匠も弟子も陥落されて、牡羊座勢は蠍座にほだされすぎではないか、と危惧しないでもないのだが、人の良いミロが愛されるのはいつものことだ。何せ、ミロは、あの気難し屋のシャカや躁鬱の激しいサガ、一匹狼のカノンとも上手に付き合っているのである。コミュ障の多い黄金聖闘士内において、あの対人スキルは特筆すべきものだった。
ムウもわりかし上手く立ち回っている方で、根を下ろしたように処女宮に居座って動かないシャカとは交流もあるのだが、くだんの双子は、師であるシオンが毛嫌いしていることもあってなかなか親交が結べない状況にある。
現在、聖域がどうにか成り立っているのは、ミロの対人スキルの賜物とも言える。より正確に言えば、対人スキルというよりはカノンが…。
ムウはりんごをくし切りにする手を休め、眉をひそめた。
いや、みなまで言うまい。脳内における独り言とはいえ、口にした傍から現実になりそうで怖い。面倒事はごめんだ。
嫌な考えを打ち消すように慌てて頭を振ってみせるムウへ、シオンがいつもの調子で居丈高に命令した。
「それではさっさとミロにプロポーズして来ると良い。」
「断固としてお断りします。」
午前7時42分。
ムウはパワハラで訴えることも辞さない勢いで、はっきり謝絶したのだった。



が。



「ム、ムウ…!」
白羊宮へミロが姿を見せたのは、ちょうどアップルパイが焼き上がるという時刻だった。ひどく動転し、青褪めているミロの様子に胸騒ぎを覚えたムウは、時計に一瞥投げかけた。
9時25分。
一向に承諾しないムウに痺れを切らしたシオンが姿を消してから、30分ほどになる。もしや、と眉間のしわを深めるムウに、ミロが心底弱りきった表情で呟いた。
「きょ、教皇からお前と結婚するように打診が…!」
年長者は無条件に敬い、教皇の言葉は絶対である、と固く教えられてきたミロは、ムウのようにシオンの妄言を一蹴できなかったのだろう。想像に難くない。
舌の根も乾かないうちに次の行動に打って出るとは、我が師匠ながらさすがである。弟子が駄目ならミロから攻める、という変わり身の早さ、卑劣さ、無慈悲さ。いずれをとっても無駄がなく、迅速だ。
さすがは長年教皇の座を死守し続けただけのことはある。
ムウは妙なところで感心しながら、おろおろしているミロを椅子へ座らせ、目の前へ焼き立てのアップルパイを差し出した。食い意地の張ったミロを食事に集中させることで、直面した危機に対する恐怖を緩和させるのが狙いだ。本当は、貴鬼に持参させるつもりで、約束もしていたのだが、こうなっては仕方ないだろう。貴鬼にはあとで謝れば済む話だ。
ムウの狙い通り、ミロは眼前の誘惑に太刀打ちできなかったらしい。ぱっと眼を輝かせたかと思うと、切り分けられたアップルパイを幸せそうに頬張り始めた。
「ミロ、良いですか。」
「うん。」
食べることに熱中して返事がおろそかになっているが、まあ、良い。いつものことだ。ムウはミロの正面に座り、頬杖をついて、幸せオーラ全開のミロを呆れ交じりに見やった。
「これはとても重要な点ですが、シオンは私に嫁を見つけたいのではなく、貴方を気に入ったから身内に招きたいのです。それはわかりますか?」
「うん?」
「貴方はシオンに気に入られすぎたのですよ。それで、ここからが肝心な話ですが、貴方が私と結婚しない方法は二つ。一つは、教皇の命令を断固として拒むこと。出来そうですか?」
「う、ううん…。」
もちろん、端から期待などしていない。ミロが目上の命令を拒むなど、聖戦など特別の事態でもない限りはまず無理だろう。ムウは噛んで含めるように言葉を続けた。
「もう一つは、私以外の者と結婚するという話をでっちあげることです。」
「…………教皇相手に嘘を吐けというのか。」
「嘘が吐けないならば、本当に結婚してしまいなさい。私と結婚させられるよりは何倍もマシでしょう。」
「それは確かにそうだが。」
「私だって貴方のようなお馬鹿さんは払下げです。」
これが他の相手であったなら、腹立ちすら覚えていたかもしれないほど清々しい即答だった。ムウが眼を眇めてミロを見つめると、空色の目が真っ向からムウを見つめ返して来た。
一瞬の沈黙。
次の瞬間、どちらからともなく吹き出した二人は、肩を叩き合って、笑い声を立てた。こういう言葉の応酬が出来るのも、気の置けない仲だからだ。これがアイオリア相手だったら、ムウは千日戦争に突入していたかもしれなかった。
「本当に失礼ですね、貴方は。だから嫁の貰い手がないんですよ。」
眦に浮かんだ涙を拭いながら言えば、ミロが言い返して来た。
「そういうお前こそ、小姑みたいだぞ。もう少しシオンさまをいたわってやれ。」
「貴方が無事この危機を回避できたら、考えますよ。」



そういう経緯で早急に結婚相手を見つけなければならなくなったミロだったが、婿候補を選びだすわけでもなく、呑気に天蠍宮の中庭で日向ぼっこをしていた。ムウにはさらさら結婚する意志がないことがわかって、気が抜けたのだ。腹が膨れたのも、こうしてうとうとしている原因だった。
ギリシアの夏の日差しは熱く、目に突き刺さるような眩しさを伴っているが、対照的に、日陰は薄暗く、居心地が良い。湿度が低いせいだろう。
中庭に植えられたりんごの樹の下でまどろんでいたミロは、思いがけなく落ちてきた影にうっすら右目を開けた。
「…サガ…、どうしたんだ…?」
サガは同僚にあたるといえ、年長者で教皇補佐、ミロにとっては目上に当たる。寝転がったままでは失礼にあたると判断したミロが上半身を起こし、目をこすりながら問いかけると、ひどくもったいぶった様子でサガが顎を撫でた。
「実は、お前に話がある。」
「うん…?」
「とても大事な話だ。良いから、座りなさい。」
「はい。」
促されるまま樹の根元に腰を下ろすと、渋面を浮かべたサガが、ミロの髪についた雑草を取り除け、好き勝手に跳ねている髪を撫でつけた。
サガは神経質で、几帳面すぎるきらいはあるものの、ミロの身なりにまで口を出したことはない。
大事な話らしいことは、サガが補佐官用の法衣を身につけていることから見当がついていたものの、「これはよほど大事な話に違いない。」と気持ちを新たにしたミロは緊張に身を固くして、居住まいを正した。
「教皇から大事な話があったそうだが…?」
感情を感じさせない低めの声で、サガが言う。内心、ミロは首を傾げた。
黄金聖闘士同士の縁づきであれば、サガが気にかけるのもわからないではないのだが、眉間にしわを寄せなければならないような話題でもない。
「大事かどうかはわからないが…、確かに、話はされた。結婚の話だ。」
自然、探るような声色になるミロに、サガが大きく溜め息を吐いてみせた。
「それで、お前はムウと結婚する意志はあるのか?」
「ない。」
「それでは、どうするつもりだ。」
「さあ…ムウからは他の結婚相手を見つけるよう言われたが、そう簡単に見つかるものでもないしな。考え中だ。」
さすがのミロも、考えるのを放棄して昼寝にかまけていた、と言わないだけの分別は持ち合わせている。真意を図りかねて慎重に返すミロへ、突然、サガがずいと身を乗り出した。
「それならば、結婚相手に、うちの愚弟はどうだ?」
「へっ?」
「双子の私が言うのも何だが、あれでいてあやつは上々の美形だし、能力値も高いだろう?同じ黄金聖闘士であれば、身分不相応ということもない。経歴は少し後ろ暗いところもないではないが…、それも、カノンの罪を赦したお前であれば許容できるはずだ。年齢も8つ差。世間からすると少し離れているのかもしれないが、世間知らずで甘えたなところのあるお前には、実にうってつけの年齢差ではないか。あやつは世間の荒波に嫌というほど揉まれているから、お前と違って甘言に流されることもないだろうしな。それで、どうだ?」
「えっ?」
「結婚相手に、カノンはどうだ?」
「ど、どうだと言われても、急な話で何が何だか…。」
ずいと再び詰め寄られたミロは、目を泳がせることもできないまま、蛇に睨まれた蛙よろしく身をすくませていた。
珍しく矢継ぎ早にまくしたてるサガにびっくりしてしまい、話の半分も頭に入っていないとは、非常に言いにくい。しかし、あのサガにとても大事な話があるからと牽制され、一体どんな話であろうと覚悟していた結果が、この話である。ミロにしてみれば、拍子抜けも良いところだ。
サガもいささか展開が性急すぎたと反省しすぎたらしく、姿勢を正すと、咳ばらいをした。
「とりあえず、見合いだけでもしてみないか。」
「み、見合い?見合いと言われても、もう知り合いなのだが…。」
それとも、すでに知悉の仲であっても、見合いというのだろうか。
混乱気味の頭でしどろもどろに返答するミロへ、サガはいつになく満面の笑みで応じた。
「それならば話は早い。カノンとデートでもしてくると良い。」
有無を言わせない調子に、ミロもそれ以上何も言い返せなかった。



「それで、こんなことになっているのか。お前も少しは抵抗したらどうだ。年長者に弱すぎだろう。」
係員に入場料を支払いながら嘆息してみせる同行者に、苛立ったミロはシャツの裾を握り締め、カノンを睨みつけた。
「そういうカノンだって、のこのこ来ているではないか!」
「俺は良いんだ。」
サガに振り回されたときの常とは異なり、朗らかに笑うカノンは楽しそうだ。表情が隠れてしまうほどの逆光でも、身にまとう空気や弾む声からカノンの上機嫌が痛いくらい伝わってきて、ミロは唇を噛みしめた。
サガにカノンとデートをして来るよう強硬に出られたのが、3時間前のこと。
カノンの案内で、聖域からアテネへ降りてから、デートという名目を気まずく思いつつ、一般の観光客に混じってバスに揺られること2時間。どこへ連れて行かれるのかと思いきやスニオン岬で、心中穏やかでないミロである。
スニオン岬と言えば、サガによってカノンが幽閉されていた曰くつきの場所ではないか。
「さあ、行くぞ。ここから先は坂道が続くからな。転ばないように手を引いてやる。」
にいと口端を吊り上げたカノンが、手を差し出して来る。
見れば、確かに、ポセイドン神殿まで剥き出しの坂道が続いているようだが、聖闘士にとっては大した道のりでもない。ミロはふいとそっぽを向いた。
「馬鹿にするな。これでも黄金聖闘士だぞ。たかが坂道ごときで転ぶものか。」
「用心するに越したことはないだろう。ほら、手を貸せ。」
再度言葉で促すカノンとミロの間に沈黙が下りた。
ミロは無言でカノンを睨みつけたが、なにぶん、飄々として読めないカノン相手では分が悪い。結局、ミロはカノンの右手を親の敵のように睨みつけたあと、不満そうに握りしめた。
満足気に強く握り返したカノンが、ミロの手の甲へ唇を押しつけて、はればれと笑った。
「そういえば、どこかの国のテレビゲームでこんなのがあったな。お前は知らんだろうが。」
「カノン、お前、テレビゲームなんかするのか?」
「まさか。暇なときに、若い連中がやっているのを眺めていただけだ。意外に、カーサのやつがそういうのが好きでな。アイザックがよく付きあわされていた。」
カノンの口調は、過去を懐かしむようでもあり、悼むようでもある。皮肉っぽく唇を歪めて歩き出したカノンに手を引かれて、ミロもゆっくり歩き始めた。
平日ということもあってか、観光客は思いの外少なかった。一軒だけあるカフェの前に、数人の男女が、暑い日差しを避けるように所在なげに立っているだけだ。もしかすると、ポセイドン神殿のところへ行けば更に数人いるのかもしれないが、ぱっと見た限り、それもなさそうだった。
強い海風に、前を歩くカノンのシャツが膨らみ、なびいた海色の髪が青空に溶け込む。腕の分だけ遅れて歩きながら、何とはなしにカノンを眺めていたミロは、舌先で湿らせた唇を開いた。
心が波立ち、ざわつく。
カノンといると、いつもこうだ。
どうにも、落ち着かない。
「それで、こんなの、とは、一体どういうゲームなのだ?」
ミロの問いかけに、カノンが咽喉の奥でくぐもった笑い声を立てた。
「ん…?何だ、興味があるのか?」
「あるも何も、お前が言い出したことだろう。最後まで言え。半端に終わらせられると、気持ちが悪い。」
「それはすまんな。」
そう言いながらも先を続けようとしないカノンに焦れたミロが腕を引っ張ると、カノンは豊かな笑声を響かせて、ミロの腰を引き寄せた。
右手と交代で解放された左手が、手持無沙汰に背後で揺れている。
ミロは少しためらった末に、カノンのシャツの背中部分をぎゅっと握り締めた。他に、やり場がなかったのだ。
「内容は、子ども2人が手を繋いだままどこまでも逃げるというものだ。いや、進むのだったか。覚えていないな。まあ、逃げるにせよ、進むにせよ。どちらも大差ない。俺にとっては同じことだ。」
「…それは、お前が強いから言えることだ。」
「強いものか。自分が何をしたいのか、何もわかっていなかっただけだ。」
カノンの唇がミロの髪を撫ぜる。むずがゆさに首を竦めるミロの耳元へ、カノンが笑声交じりに囁いた。
「ただ一つ、強く印象に残った言葉があってな。いや、そのときはさして気にも留めなかったのだが…。」
「何か心変わりでもあったのか?」
「ああ、十分すぎるほどの衝撃的なやつがな。俺は、俺の人生を変えたあの瞬間を一生忘れないだろう。ミロ…、」
ふいに立ち止ったカノンをいぶかしみ、すぐ傍らにある顔を見上げたミロは言葉を失くした。カノンが、砂糖よりも甘ったるい眼差しでミロを見つめていたからだ。
とり乱した心臓がけたたましく警鐘を鳴らし、体中で響き渡る鼓動の大きさに思考が停止した。
粟立った肌に、カノンの指先が思わしげに滑らされる。
「お前の手を離さない。俺の魂ごと離してしまう気がするから。」
毒のように心に沁み渡り侵す声に、心が時化と化した。
頭がぐらぐらする。
もう何も考えられない。
咽喉元までせりあがった熱塊に、もつれた舌が焼けそうだ。
「か、かかかかかか、カノ…!」
そのとき、突然、カノンが吹き出した。いたたまれないほど赤面し、足元をふらつかせていたミロは、肩透かしを食らった思いで睫毛を瞬かせて、カノンを見つめた。
カノンが言う。
「ははは、何だ、お前もしかして勘違いしてないか?初心なやつだな。」
「えっ?」
「ゲームで、そういう台詞があったんだ。」
「は、はあ…?!」
「だから言っただろう。用心することにこしたことはないと。手を繋いでいて正解だったな。」
得心顔でそんなことを言われても、ミロからすれば、腹立たしいだけである。ミロは腹立ち紛れにシャツを掴んでいた手でカノンの背中を勢いよく叩くと、足早に坂道を上っていった。背後から、いかにもご機嫌に笑い声を洩らしながら追いかけてくるカノンが忌々しい。
坂道を登りきってしまえば、進むべき道もない。
眼前にそびえたつポセイドン神殿を睨みつけたまま後ろを振り向こうとしないミロに、カノンが再び咽喉の奥でくぐもった笑い声を立てた。
「ミロ、」
無遠慮に肩を掴まれる。
「何だ!」
いきり立って噛みつこうとしたミロは、思いがけず近いカノンの顔に目を丸くした。
唇にわずかにかさついた唇が触れ、ぬめる舌が挿しこまれた。驚いて顔を背けようとしたが、有無を言わせない強さで頬に添えられた手のひらが許さなかった。舌で舌を丁寧になぶられると抵抗心は急速に萎えていき、生まれて初めて、あられもない場所がうずいた。
いつしか、カリカリと二の腕を掻いていた爪先は諦めたように首へ回されていた。
ミロは時化る心に呑み込まれないよう、カノンに必死でしがみついていた。先ほど以上に足元はおぼつかなく、宙を浮いているようなありさまだったが、頬から引き剥がされて絡め取られた手と、いつの間にか腰へ回されていた腕が、ミロの体を支えた。
固く繋ぎ合った手が、湿り気を帯びてきた。潮の香りに混ざって、汗の臭いがした。
カノンもいつになく緊張し、興奮しているらしい。判断材料は、汗の臭いと、手のひらから伝わる脈拍だけだったが、信じてやっても良いような気がした。
「それで、いつ結婚してくれるのだ?」
唇を離した途端、カノンが囁いた。肩で息吐くだけで精一杯のミロからすると、実に、しゃくな一言だった。ミロは真っ赤な眦でカノンをねめつけた後、カノンから眼を逸らした。あんな醜態をさらした直後だけに、いたたまれなかったのだ。
「……………寝言は寝て言え。」
吐き捨てるように言えば、カノンが茶化してくる。
「何だ。ベッドへのお誘いか?まったく、ミロは気が早いな。」
「この、馬鹿っ!」
ポセイドン神殿に殴打音が響いた。



「それで、どうしてこんなことに?貴方はカノンとデートに行かされたはずでしょう。それとも、それは私の思い違いで、修行にでも行って来たのですか?だいたい、どこに行っていたんです?」
午後7時38分。
白羊宮の前で待ち構えていたムウに見つかったミロは、気まずげに視線を落とした。今、ミロにとってもっとも会いたくない相手はムウだったのだが、ムウにとっては違ったらしい。わざわざ待ち構えているくらいだから、それなりに、ミロのことを気にかけていてくれたのだろう。
それはわかるのだが、やはり、会いたくはなかった。
ミロは返事をもらうまで梃子でも動きそうにムウに根気負けて、ぼそりと呟いた。
「…スニオン岬。」
「それで、どうしてこんなことに?」
「……転げ落ちた。」
「どこを?」
「…………スニオン岬。」
殴りつけたカノンと手を繋いでいたせいで仲良く坂道を転げ落ち、海に頭から突っ込んでしまったミロは、ずぶ濡れのままバスに乗るわけにも行かないので、仕方なしにそのまま泳いで帰って来たのである。
普段であれば、黄金聖闘士のミロにとって、坂道の途中で体勢を立て直すくらい何ということはないのだが、熱烈なキスのせいで足腰が立たず、カノンを撥ねのけることもままならないうちに、しっかと抱き込まれてしまっていたのが敗因だ。
海面へ浮上するまでの間、箍が外れたようにキスをされ続けたミロは酸欠で死にそうになった。今もまだ、口内が塩辛いような気がする。陸地に上がった後も人工呼吸と称して不埒な真似を続行しようとしたカノンの脛を蹴りつけて、腕の囲いから逃げだしはしたのだが、どういうわけかあれ以来、身体が火照って仕方なかった。
頭は依然として、舵を失くした船のように頼りなく、くらくらしている。
足元もおぼつかないし、散々だ。
「貴方は馬鹿ですか。」
心もち頬を赤らめたミロの様子から伏せられた事実を目敏く察したらしいムウは、機嫌の悪そうなミロに驚いて目を丸くしている貴鬼に持って来させたタオルで、ミロの無駄に長い髪を拭ってやりながら、辛辣に言いはなった。ミロはうなだれた。
「くっ…返す言葉もない…。」
「それで、カノンは?」
「…………せっかくだから、久しぶりに海皇軍に顔を出してから帰ってくるそうだ。」
バチェラーパーティーをするのだと満面の笑みで語ったカノンに忌々しさを覚えたミロは、眦を吊り上げて、髪を拭いてくれているムウを振り返った。
「…もう、あんな奴知らん!ムウ、結婚しよう!このミロが幸せにしてやる!」
にわかに気色ばんだミロに、嘆息交じりにムウが言い諭す。
「冗談は休み休みにしてください。貴方ごときに私を幸せにできるはずがないでしょう。」
「えっ!ミロさま、ムウさまと結婚するの!」
「こら、貴鬼。人聞きの悪いことを言わないでください。どうして、私がこんな考え足らずのお馬鹿さんと結婚しなければならないんです。何のメリットもないではありませんか。」
「馬鹿とは何だ!俺は、」
「自分の気持ちすらよくわかっていない馬鹿を馬鹿と言わずして誰を馬鹿というんです。」
これには、ぐうの音も出ない。顔を紅潮させて黙りこむミロに、ムウがやれやれとわざとらしく溜め息をこぼした。
「私と結婚させられるよりは何倍もマシでしょう。こうして迷っているのは、気のある証拠ですよ。さっさと結婚しておしまいなさい。貴方のようなお馬鹿さんの引き取り手なんて、そうそうないんですから。」
これが他の相手であったなら、確実に腹を立てていたことだろう。ミロが眼を眇めてムウを見つめると、おかしそうに片方の眉を上げたムウが真っ向からミロを見つめ返して来た。
一瞬の沈黙。
次の瞬間、どちらからともなく吹き出した二人は、腹を抱えて笑い出した。
「本当に失礼だな、お前は。本当に、小姑みたいだぞ。」
眦に浮かんだ涙を拭いながら言えば、ムウが言い返して来る。
「そういう貴方は、結婚のめどがついたみたいで良かったじゃないですか。相手が相手だけに、あまり、めでたいとは言いかねますが。ほら、もう、濡れるから止めてください。迷惑です。」
威厳の欠片もなく、年相応にけらけら笑い転げる黄金聖闘士二人を、貴鬼がぽかんと口を開けて見つめていた。ミロは最後の笑声を絞り出すように大きく息を吐いてから、ムウの肩を叩いた。
「ちゃんとシオンさまをいたわってやれよ。」
「貴方が無事この危機を回避できたら、考えますよ。」
素知らぬ顔でしれっと応えるムウに笑い声を立てられたのも束の間、
「ところでミロ、ブラジャーはどうしました?あるのかないのかわからないような胸でも、一応、つけた方が良いんじゃないですか?」
このムウの指摘により、ミロは鬼の形相でカノンの帰還を待ちわびることになる。
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