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長編だと最後まで根気が続かないので、短編連作形式ならどうだ!
という、試みです。

なんとなくにえきらないはなしになりました。




こっそり忍び込んだ天蠍宮の寝室は、見慣れた場所だというのにどこか違って見えた。
サーシャはふいにわき起こり始めた後悔と不安に、パジャマの胸元を掴んだ。
サーシャがこうして天蠍宮を訪れること自体は珍しくない。現代のアテナが蠍座の黄金聖闘士にいたく執心しているのは有名な話だった。夜になると故郷への慕情がくすぐられ、寂しさに耐えきれず、前触れもなしに天蠍宮に押し掛けることも間々ある。
そういうときは、身辺警護も兼ねて、お付きの侍女かシジフォスが天蠍宮まで同行することになっている。
今日、サーシャがひとりきりで天蠍宮の寝室に所在なげに立ち尽くしている理由は、今回に限っては同行者を伴わない秘密の行動だからだ。
最近、セージとシジフォスの丁寧な指導により、サーシャは小宇宙の制御を覚えつつあった。
その過程で、敵の襲撃から逃れるため小宇宙の消し方を教わったのが昨日のこと。
まだ幼いサーシャは、いつもカルディアには驚かされてばかりなので、たまには逆の立場になってみたいと思った。ちょっとした悪戯のつもりだった。
双魚宮や宝瓶宮を通り過ぎるとき、見つかったらどうしようととてもどきどきした。人馬宮を抜けるときは、誰よりも自分のことを想うシジフォスのことを考えて少しだけ緊張した。
そして、天蠍宮。
考えもよらなかったカルディアの不在に、それまでの楽しかった気持ちが冷めきってしまい、サーシャは今にも泣き出しそうになっていた。
カルディアは任務以外では聖域から出ることも少ないので、サーシャが押しかけると少し迷惑そうな、それ以上に楽しそうな声で出迎えてくれた。だから、それが当たり前のように感じていた。
「…何でいないの、カルディア。」
サーシャは半べそをかきながら、カルディアのベッドに腰を下ろし、枕を抱き寄せた。
部屋の隅から闇が魔物の姿を取って押し寄せてくるようですごく怖かったが、サーシャは意地でも引き返すつもりはなかった。
なぜなら明日は、カルディアの誕生日だったからだ。
サーシャは誰よりも先に、大好きなカルディアの誕生日を祝ってあげたかった。


いつの間にかうとうとしていたらしい。
引き寄せる腕の強さと押しつけられた柔らかさに、サーシャは夢心地で薄眼を開けた。
そのとき、ふいに思いがけなくシジフォスの顔が思い浮かんだのは、寝所を勝手に抜け出したやましさからかもしれない。
押し込められたばかりの布団が冷たいのもあって、サーシャはカルディアの胸元に頬をすり寄せた。
「カルディア…、おかえりなさい…。」
呆れ交じりに、カルディアが言う。
「…お前、来るなら来るって言えよな。俺がシジフォスに怒られるじゃねえか。」
「そんなことない…と、思います…。」
「そんなことあるんだって!あいつがお前に甘い分のしわ寄せは、俺に来るんだよ。」
ふにふにと頬を引っ張られ、寝ぼけ眼だったサーシャもさすがに目が覚めた。
最初に感じたのは、これが夢ではないことへの喜びだった。目の前にはちゃんとカルディアがいた。
サーシャは寂しかった分も喜びが押し寄せてきて、力いっぱいカルディアに抱きついた。
「うー…。カルディアのこと、ずっと待っていたのに。どこへ行っていたの?」
「何で言わなきゃならないんだよ。」
「うう、何でそんな言い方するんですか。カルディアのいじわる。」
「悪かったな。だいたい、何でいるんだよ?また寂しくなったのか?」
「ち、違います。いえ、あの、いつもは違わないけど…あの、その、カルディア誕生日おめでとう!」
一瞬、妙な沈黙が漂った。
カルディアが喜んでくれるものと思い、期待に満ちたきらきらした目を向けていたサーシャはいぶかってカルディアを見つめた。
「そういや、そんな日だったか?ここ数年、すっかり忘れてたわ。俺にとっちゃ、もっと他のことが印象にある日だからなあ。」
気まずげに頬を掻きながら、カルディアはそんなことを言う。サーシャは目を丸くした。
「…?他に何かあるの?」
「ん、聞いてないのか?クレストのじいさんに拾われた俺が聖域に来て、シジフォスんとこに押しつけられた日。」
「…聞いていません。」
考えてみれば、サーシャがアテナとして見出され聖域へ連れて来られたように、カルディアも何らかの理由でこの場所へ来て、黄金聖闘士になったはずだ。
真っ直ぐ前を向いているカルディアを見ていると現在と未来のイメージが先行するため、カルディアにも過去があるという事実をすっかり見落としていた。
こういう大人になってしまってはいけないという周囲から植えつけられた危機感はあっても、サーシャの憧れはカルディアだった。
それなのに、そのカルディアのこともこんなに知らないでいるなんて。
顔を俯かせて黙りこんだサーシャの様子からさすがに察するところがあったのか、カルディアはわずかにうめき声をあげると、サーシャを抱き締めた。
そのとき、また、サーシャの脳裏にシジフォスの顔が浮かんだ。
どうしてだろう。
サーシャは疑問に頭を悩ませながら、自分に悪態を吐いているカルディアを上目遣いに見つめた。
また、シジフォスの顔が浮かんだ。
今度は、サーシャも見落とさなかった。
一度、カルディアが寝込んでいるときにマニゴルドが冗談めかして「カルディアは口を閉じてりゃ可愛げがあるんだがな。」と肩を竦めたことがあった。
カルディアが大好きなサーシャとしてはその意見には賛成できないが、おおかたの考えはマニゴルドと同じだった。実際、口を噤んだカルディアは親友のデジェルといると、絵本に出てくるお姫さまと王子さまのようでさえあった。
サーシャはあんまりにもすてきな二人が恋人同士であれば良いという願いから、勝手に恋人なのだと思い込んでいた。
それは、違ったのかもしれない。
「あの、…今日、起きたあとに話してもらえますか?カルディアと…シジフォスのお話。」
「ん?別に、良いけど。そんな楽しい話でもないぞ。」
「それでも、私は聞きたいし知りたいんです。大好きな人たちのことだから。」
サーシャはそう言ってカルディアに抱きついた。
やはり、そうだ。サーシャは確信した。カルディアの身体からかすかにシジフォスの香りがしてくるのだ。
こんなに密着してさえいなければ、サーシャも気づかなかったことだろう。
「楽しみにしています。」
サーシャは満面の笑みを浮かべてみせた。
まだ幼すぎる女の勘ながら、なんとなく、カルディアの帰りが遅かった理由はここにあるような気がした。

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