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5月5日は、こどものひなので。
(※察してください。)

※R18です。



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5月1日。
ミロを送り出した後二度寝を決め込み、そろそろ昼になろうかというころになって起き出したカノンは、陽光を照り返して白く映えるテーブルにソレを見つけ、しげしげと眺めた。子どもの好きそうな派手な包装紙に幅広のリボンが巻きつけられたソレは、あからさまなほど、プレゼントだと主張している。リボンに挟まれたうさぎ型のカードには、カノンへ、とお世辞にも美しいとは言い難いミロの字が綴られていた。
カノンは口端を緩めた。ときおり、ミロはこういうサプライズを仕掛けることがあった。波乱万丈の半生を送ったために実年齢よりかなり成熟気味のカノンからすれば、普段は堅苦しいわりにこういうときのミロの言動はひどく子供っぽいと思ったが、そういう子供っぽさがたまらなく魅力的でもあった。天真爛漫で裏表がなく、まさしくアンタレスそのもので、カノンはどこまでも惹きつけられるのだ。カノンのミロに対する感情は、どんなに言葉を弄したところで言い尽せぬ一方、おかしなことに、周囲に言わせれば「恋」の一言で片付くものでもあった。
しかし、特にこれと言った記念日を思いつかない。カノンにとっては、ミロに出逢った日から毎日が記念日だったが、対するミロはカノンほど浮かれているわけでもない。今月はカノンの誕生月だが、それも月末のこと。祝うにはいささか早い。
カノンはミロが残していったプレゼントを手に取り、慎重な手つきでリボンを解いた。こうしてわざわざ卓上に置いていったくらいなのだから、ミロも意図してのことだろうが、万が一、うっかり置き忘れていっただけなのだとしたら、再び包装できるように配慮してのことだった。稀に、ミロは迂闊極まりないことをしでかすのである。
セロファン紙と銀紙の包装を解いたカノンは、中から現れたものを見て、自分の名が記されたカードを困惑気味に見返した。そして、何かの間違いだったのだろうと判断し、再び包装しようとして伸ばした手をぎくりと強張らせた。
この、どう考えても用途の判然としない乳児用のよだれかけは、もしかすると。


「…は?!俺が妊娠?!!」
カノンからの念話に突拍子もなく変な声を上げた途端、室内の視線が一斉に集まったことに気づいたミロは、わずかに顔を赤らめると、一言断りを入れて執務室から出た。顔から火が噴きそうだ。ミロは人気のない場所へ足早に向かいながら、熱くなった頬を覚まそうと手の甲を押しつけた。あまりに動揺して、普段なら興味深いカノンのうろたえようを楽しむ余裕もなかった。
やがてミロは教皇宮の裏手へ辿り着くと、力なく座りこんだ。眼前には断崖絶壁が広がっている。足を滑らせれば危険な場所だが、それ以上に今はカノンの支離滅裂な念話が危険だった。
カノンに言わせると、ミロは妊娠しているのだという。
聖域を代表する黄金聖闘士とはいえ、カノンもミロも健全な男女で、いわゆる大人の仲だ。昨夜も夜更けまで仲良く睦みあっていたくらいなので、子どもが出来てもけっして不思議ではない。だが、そんな事実は皆目ないのである。ミロ自身、少し紛らわしいプレゼントを置いてきたことは自覚していた。普段なら、カノンの早計に笑い転げていただろう。しかし、一足飛びにその結論へ飛びつかれるとさすがのミロも心臓に堪えた。のみならず、同僚たちの前で、それも、カノンの実兄であるサガの面前で醜態をさらしたのだ。穴があったら入りたい、とは、現状を指すに違いない。
ミロは頭を抱え込み、まだやかましく問い質して来るカノンへ噛みついた。
「だから、妊娠はしていない!それはお前が一番よくわかっているはずだ。」
『だが、避妊していても万に一つの可能性はあるだろう。』
「カノンよ…万に一つの可能性でそのような事態になったら、俺は、回りくどいことなどしないで率直に言うぞ。」
一瞬、沈黙があった。しばらくしてから、カノンが奇妙に平坦な声でこぼした。
『そう、か。そうだな。ならば、これは何なんだ?』
「それは、お前の誕生日のプレゼントだ。あとは帰ってから説明する。とりあえず、妊娠はしてない!わかったか!?」
動揺もあらわに念話をシャットダウンしたミロは、やがて堪え切れぬように立てた膝へ真っ赤な顔を埋めた。
動揺を見せるつもりはなかったというのに、これではばればれだろう。ミロの妊娠していない発言に、カノンが安堵よりも落胆を覚えたことを隠そうとして失敗したように、ばればれだ。
ああもう穴があったら入りたい。
「……………………もう帰るか。」
いくらミロが誉れ高い黄金聖闘士とはいえ、同僚からあからさまな好奇の目を浴びる度胸などない。当然執務室に戻る気にはなれず、念話でサガに所用が出来たことを伝えると、ミロは天蠍宮へ向かった。
急な早退にも、サガは理解を示し、惜しげもなく憐憫の情を向けてくれたが、だからこそいっそう堪えるものがあった。今ごろ、執務室ではどんな話が飛び交っていることやら。メンバーにデスマスクとアフロディーテがいたことを考えると、予想することすら恐ろしかった。十二宮の火時計が燃え尽きるより早く不毛な噂が駆け巡ることだろう。
とはいえ、自分で蒔いた種だ。たとえカノンがとんちんかんな念話をしてこようと、ミロが自制心を強く持って対処にあたっていれば済んだ話である。今更ながら、クールに徹さなかったことが悔やまれた。
重い足取りで自宮へ帰ると、先ほどまでのうろたえようが嘘のように、カノンが平然としていた。あまりに平然としすぎているので、ミロは一瞬で取り繕った表情だと気付き、眉間にしわを寄せた。隠しごとがあるときや激しく動揺しているとき、カノンは胡散臭い笑顔かこの表情を作るのだが、それはもっともミロが嫌う表情でもあった。気落ちしているならば気落ちしてみせれば良いし、哀しんでいるならば哀しんでみせれば良いと思う。カノンがこんな表情をしてみせるとき、ミロはカノン自身よりも、カノンに頼られない自分の不甲斐なさや、カノンへこのような顔をさせてしまう己の未熟さが我慢ならなかった。
とはいえ、やはり、こんな表情をして見せるカノンも腹立たしかった。
「…この、馬鹿!」
腹立ちのまま乱暴に胸元へしがみつくと、カノンが嘆息した。
「すまん。」
念話の件だと誤解したのだろう。それはわかったが、ミロはあえて訂正せず、抱き締められ、優しく髪を梳かれるままになっていた。


「お前も今月で三十路だろう。去年まではバタバタして祝えてやれなかったからな。だから、30年分、何かしてやりたいと思ったのだ。」
ようやくミロが話を切り出したのは、夕食の席だった。不本意そうに視線をそらし、行儀悪くフォークを口に突っ込んだまま呟くミロに、カノンはその発言が腑に落ちるまで瞬きを繰り返してから、プレゼントとミロの顔を交互に見やった。ミロはこれまでの分もカノンの誕生日を祝うつもりなのだという。おそらく、30日まで毎日こんな調子が続くのだろう。想像に難くない。
カノンは存在を否定されたスペアという立場から、これまでろくに生誕を祝われたことなどなかったので、こういうときどういう顔をすれば良いのか皆目見当がつかなかった。だからカノンは曖昧に微笑み、照れ隠しのつもりか無言で差し出された皿に追加のパンを載せてやった。
照れるくらいなら何もしてくれずとも良いのに、ミロはときおり砂糖よりも甘くなった。むろん、夜は言うに及ばず、絶えず甘いのだが。
カノンが今すぐベッドに連れ込んでしまいたい欲望と葛藤しているなど露知らず、僅かに頬を赤らめたミロが探るように視線を投げかけてきた。
「0歳から30歳まで年を追って渡そうと思ったのだが、赤子宛のものなど他にこれといったプレゼントも思いつかなくてな…誤解をさせたのならばすまん。」
言いながら、昼間のことを思い返してか、ミロは見る間に赤くなっていった。とうとう耐えきれず、カノンはミロへ手を伸ばすと、黄金の巻き毛に指を絡め、唇へ運んだ。
「ミロ、少し早いが誕生日のお返しをさせてくれないか?」
「…連日繰り返していることをわざわざ「お返し」とは言わん。どうせなら、他のものを寄越せ。」
毛先へキスを落としながら言えば、苦笑交じりの答えが返って来た。言葉とは裏腹に、ミロの目は期待に輝き、唇にも挑発的な笑みが浮かべられている。カノンはにっこり笑い返すと、ミロの身体を掻き抱き寝室へと向かった。
年下の恋人にこんなにも耽溺するつもりはなかったというのに、まったく、始末に負えない。しかし、現在のカノンは紛れもなく幸せだった。
ミロに出逢うまでのカノンは、暗中模索の闇の生き物だった。兄とのもの別れから聖域を飛び出した後は、反発心と若さゆえの好奇心もあって、それまで禁止されていたことを何でも試した。飲酒、喫煙、賭けごと、喧嘩、SEX、ドラッグ。兄を失くした空虚さを埋めようとすればするほど、かえって、己の抱える孤独に気づかされた。なんとも腹立たしいことだった。だから、孤独を忘れようとしてがむしゃらに、世界征服を夢見た。
自分がただ一つ追い求めたものは、孤独を埋めてくれる存在だったと気付いたのは、半年前、腕の中で眠るミロの顔を何とはなしに見つめていたときのことだった。世界を征服する必要などなかったのだ。支配する必要さえなかった。カノンにはこの腕で守りきれる範囲の平和があれば、それだけで十分だった。ミロが笑いかけてくれさえすれば、空っぽの胸は幸せで満たされた。
まるで、一瞬一瞬が陽光を弾いてきらめく雨上がりの庭のようだった。ありきたりでつまらないものでさえ、ミロといると、すばらしいもののように思えた。
だから、先ほど口を突いて出た「お返し」という言葉は冗談でも何でもないのだが、それをミロに知らせる必要はない。後ろ暗い過去も浅ましい独占欲も、カノンの胸一つに収めれば良い話である。
「それで、次はどんなプレゼントだ?」
洗いたてのシーツは太陽の香りがした。ミロの香りだ。キスの雨を降らし、手際良く服を剥ぎながら問いかけると、眉根を寄せていたミロはあえかな吐息の合間にカノンの頭を引き寄せ、耳元で囁いた。
「教えてしまっては面白みに欠ける。」
「ならば、少しくらいヒントをくれても良いだろう。」
髪に絡められた指先が思わしげに耳をなぞる。思わず首を竦めるカノンにミロはくぐもった笑い声を立てると、両腕をカノンの首へ絡めた。
「それより、もっと他に専念すべきことがあるのではないか?」
カノンは口端を緩め、笑い交じりに、ミロの首へ唇を押しつけた。ミロの言うとおりだった。


それから毎日、カノンはミロが出仕した後、テーブルの上を見るのが楽しみになった。
アテナの警護や従来の聖域の仕事がメインとなるミロと異なり、カノンは教皇補佐であるサガの補佐が基本的な職務となるため、ミロに比べれば自由が効き、家事をこなす時間もある。なぜならば、長期にわたって出張する必要のある任務などやりたくない仕事は、サガに突き返すなり、他の黄金聖闘士に割り振れば良いからである。アテナの同伴は別として、それ以外でミロと離れなければならないなど、想像するだけで衝撃が我が身を襲った。
初めの頃は、よだれかけや積み木など今更どうあがいても使いようのない幼児用品が続いたが、1週間もすると、バスケットボールや星座の本などといった何とか使えるものになってきた。ライオンの巨大なぬいぐるみとりんご柄のタオルケットを頂戴したときは、柄にもなく心が浮き立った。ミロに似合うと思ったからだ。実際、それらを抱き込んで寝るミロの姿はミケランジェロの描いた天使さながらだった。
ウゾのボトルとバカラのグラスセットを贈られた20日から、プレゼントは次第に大人びてきた。25日に、ここ数カ月ずっと買おうか内心悩んでいたDVDプレイヤーと観たかったDVDをセットで贈られたときは、ミロを抱き上げてくるくる回り、手放しで喜んだ。28日には、高額すぎてとても手が出ないと諦めていた寄稿本をプレゼントされた。カノンはプレゼント自体も嬉しかったが、それ以上に、カノンが口に出さないこともミロはちゃんと見て取っているのだとわかって胸が熱くなり、その夜はいつも以上に熱がこもってしまった。
そして、本来の誕生日である30日。
休暇を申請したためいつもより朝の遅いミロは、ベッドに寝そべってミロの寝顔を眺めていた恋人に覆いかぶさって、キスを落とした。
「カノン、今夜は外に食べに行こう。」
また何かサプライズを企画しているのだろう。まだ完全に覚醒しきっていないのか、少し舌足らずな台詞がいとしさを誘う。カノンは再び眠りに引きずり込まれてうとうとしているミロが自分の上からずり落ちないよう抱きとめ、にやにやした。仕事のある日は、たとえ前日どれほど遅くともきっちり目覚めることを知っているカノンからすると、こういうギャップがまたひどくたまらなかった。大口開けて涎を垂らして寝ていようとも、このような無防備な寝顔をさらすのは自分の前だけだと知っているため、まったく気にならない。むしろ、自分はそれほど信頼され、甘えられているのだという自信に繋がった。
カノンはミロが目覚めるまで、恋人の寝顔鑑賞に勤しむ腹を決めた。肥大する一方で歯止めの効かない愛情に振り回されている自覚はあっても、こればかりはどうにもならなかった。


「なぜ起こさなかったんだ。市内に出ようと思っていたのに。」
3時間後、すっかり日が昇ってから目覚めたミロはいささかうろたえた様子で頬を膨らませた。子供っぽい仕草に胸がうずき、悪戯心も手伝ってまるい頬を指先で突くと、邪険に手を払われいっそう顔をしかめられたが、これはこれで楽しい。しかし、楽しいのはカノンだけで、からかわれたミロはすっかりおかんむりである。
ミロはカノンを睨みつけると、これまでの遅れを取り戻そうとするかのようにベッドから飛び出そうとした。めったに取れない休暇で、加えてカノンの誕生日ということもあり、ミロにしてみれば、やりたいことが山のようにあったのだろう。カノンはそんなミロを後ろから抱き締め、奔放に光を弾く髪へ鼻先を埋めた。
「どうせなら、俺の好きなように過ごさせてくれ。」
傍から見れば、今日で三十路を迎えた大の男が何を甘えているのか、と噴飯ものであるが、ミロはカノンを甘やかすことに慣れている。呆れ交じりではあるものの、ミロはカノンだけに見せる許容の眼差しで、肩越しに、押しつけられた頭を撫でた。いつになく優しい手つきに心が温まる。それ以上に温まりすぎたのは、やはり、というべきか、カノンの愚息であった。居心地悪げにミロが腰を捻った。
「…カノン、あたってる。」
心なしか声には期待が滲み出ている。カノンはミロを力いっぱい抱きしめながら、首筋へ舌を這わせた。ふるりとミロの肩が震えた。
「知ってる。」
「こんな朝っぱらから何を考えているんだ。」
「朝だろうが昼だろうが、俺がいつでもお前のことしか考えてないことは、お前が一番よくわかっているはずだろう。」
カノンの返事に、ミロが溜め息をこぼした。軽蔑には程遠い、温かな許容に満ちた溜め息だった。カノンは笑声を上げると、ミロの身体をベッドへ押し倒した。
結局、そういう経緯もあって、二人がベッドを抜け出したのは、日が傾きかけてからのことだった。カノンに抱き竦められたままミロはけだるげにベッドサイドの時計へ手を伸ばすと、いまだ熱に浮かされて潤んでいる目でぼんやり時刻を確認したあと、慌てて飛び起きた。
「カノンも早く支度をしろ!ディナーに遅れる!」
先ほどまでの名残を留めている容姿とは裏腹に、ぱたぱたとシャワールームへ駆けこむ後姿には色香の欠片もない。遠くから聞こえてくる叱責を軽く聞き流しながら、カノンは笑った。そんなミロだから、どこまでも好きだった。


ミロに連れて行かれた場所は、国内でも屈指の高級レストランだった。正装を促された時点で疑念はあったのだが、よもやこのような店へ連れて来られるとは思いもよらなかったカノンは目を丸くして隣のミロの腕を引いた。
「おい、どうした?よく予約が取れたな。」
「伝手でちょっと、な。」
気恥ずかしそうにミロが口ごもった。この様子から察するに、伝手とはアテナを指すのだろう。レストランは城戸グループの傘下というわけではないので、予約に際して、アテナの手を煩わせたことになる。アテナも、理由を知らされもせずに予約を取ってやる程お人好しではないだろうし、女神とはいってもやはり本質は年頃の娘なので、もしかすると、これまで正式には報告していなかったカノンとの間柄をミロは説明したのかもしれなかった。
「そ、そんなことより、最近、サガとは上手くいっているのか?」
話をはぐらかそうとするミロの耳は赤い。カノンは適当に答えながら、下手なはぐらかし方だ、と思った。もともと嘘が下手な上に、激しく動転しているに違いない。本心から言えば、カノンはミロさえいれば場所などどこでも構わなかったのだが、わざわざ骨を折ってくれたミロの手前言うのは差し控えた。
カノンの熱視線にミロの頬が熟れたりんごのように赤く染まる。
毎晩あれだけのことをしておきながらいつまで経ってもうぶな反応を見せるミロに胸をときめかせながら、カノンは今夜贈られるプレゼントは一体何なのかという疑問へ思考をシフトさせた。そうでもしなければ、人目もはばからずミロを押し倒していたことだろう。
1日から29日にかけて、これまでのミロからのプレゼントは過去のカノンに対するものだった。しかし、今日は違う。今日は、今日現在のカノンに対する正真正銘の誕生日プレゼントなのだ。否応なしに期待が高まった。
店員に案内された席は、夜景の美しい特等席だった。百万ドルの夜景というフレーズがあるが、まさしく、それだ。
「…ずいぶん美しい夜景だな!」
はしゃいだようにミロが言う。だが、カノンにとってはその夜景すらもミロを引き立たせるための小道具でしかなかった。カノンは頬を緩め、キャンドルの穏やかな光に照らされるミロを見つめながら、店員の持って来たシャンパングラスを掲げた。
「愛すべきお前に乾杯。」
口にしてから気障な台詞だったろうかと不安に駆られたものの、効果はてきめんだった。ミロは首まで赤くすると、どこか腹立たしそうにシャンパングラスを掲げた。
「…カノンの誕生日に乾杯。」
勢いよくシャンパンを嚥下する首には、昼間つけたキスマークがうっすらと残っている。カノンはにっこりした。よくよく目をこらさなければわからないがカノンだけは知っている、カノンの所有の証だった。ミロが我を忘れてつける爪痕や歯形に比べれば何ということはない、ささやかな主張である。
「?どうしたにやにやして…何かあったか?」
「いや、別に。」
「変な奴だな。」
「いつものことだろう。」
「…それもそうだな。」
それで納得されてしまってもまったく気にならないあたり、たいがい、絆されている。
やがて豪勢なコース料理が並べられ、デザートの段になってようやく、カノンはミロへ問いかけた。
「それで、今日は何を贈ってくれるんだ?」
催促するようで悪いが、天蠍宮へ帰った後はベッドに直行する予定なので、今のうちに訊いておかねばならなかった。カノンの質問に、ケーキをフォークで突き回していたミロは気恥ずかしそうに視線を落とした。
「その…、あのな、カノン。あー…、」
ミロによってケーキが徒に細切れにされていく。食い気の張ったミロが食べ物を粗末にするなど、よほどのことだ。カノンは気長に待つことにした。
しばらくしてから、ミロが意を決した様子でカノンを真正面から見据えた。目にはいつにない強い迷いと羞恥が宿っていた。それをいぶかしむ間もなく、ミロが言った。
「俺がプレゼント…と言ったら呆れるか?」
言葉が出なかった。
それをどう捉えたものか、顔を赤くし、切羽詰まった様子でミロが続けた。
「結婚してくれ、カノン。」
ぎこちなく強張った手はフォークを強く握り締めるあまり白くなり、羞恥から潤みを帯びた目には哀願の情が湛えられている。
まるで出会い頭にアテナエクスクラメーションを食らったようなショックを受けたカノンは、何と返答すれば良いのかわからなかった。スカーレットニードルよりも衝撃的だった。ミロは万が一の確率でカノンに拒まれるのではないかと不安に駆られているのだ。つまり、それくらいカノンのことを心から愛し、求めてくれているのだ。
未だかつてないくらいの幸福感が咽喉をせり上がって来て、カノンは熱くなった目頭をそっと拭った。気を引き締めなければ、滂沱の涙を流してむせび泣いてしまいそうなほど感動していた。これではまるでサガではないか。自嘲の笑みが浮かんだのも束の間、それは満面の笑みで掻き消されてしまった。ラダマンティスを倒すため死を覚悟したときと同程度かそれ以上に、この世に生を受けて良かったと、こんな自分にも生きる意味があったのだと心から思えた。
「……………………もう帰ろう、ミロ。」
立ちあがり、乱暴にミロの手をひったくると、ミロが慌てた様子でテーブルを振り返った。コースによれば、まだ食後のコーヒーが供されるはずだったからだ。
「え?だ、だが、まだ食後のコーヒーが…それに、まだ返事をもらっていないぞ!」
「どう言えと言うんだ。イエス以外あるわけないだろう。お前のことは愛してるし、お前を抱きたくてコーヒーまで待てそうにないし、今はお前以外どうでも良いし、ああもう何でも良いからさっさと帰るぞ!」
まくしたてるカノンに、これにはぐうの音も出ない様子で、ミロが赤面した。カノンはそんなミロの頬に軽くキスをしてから、光の速さで会計を済ませに向かった。


勢いよくもつれ込んだ天蠍宮の玄関先で、寝室に行く間も惜しんで唇を貪った。最初、ミロは寝室へ行きたい様子で視線をプライベートルームへ通じる扉の方へ投げかけていたが、カノンに唇を吸われ舌を甘噛みされている間に、そんなことを憂慮する余裕を失くしたらしく、爪先で力なくカノンの腕を掻いた。
ネクタイを緩め、シャツのボタンを引きちぎる勢いで外す。ミロの首筋からは、いつか戯れに贈りつけたディメーターのゴールデンデリシャスの香りがした。ミロを思わせる、甘いりんごの香りだ。
したたかに酒を飲んだときでさえ、こういうガキ臭い行動に出たことはなかった。玄関先など、いつ何とき、同僚が通りかかるかわからない。年長者の余裕から、カノンはいつもスマートにミロを寝室へエスコートしていた。それが、肝心のこんなときに限ってこのざまだ。プロポーズという肝心なことに限って先を越され、年長者の威厳を見せるべきときに理性をかなぐり捨てるなど、笑い草でしかなかったが、ミロしか見えない現状を考えるに、どちらが先に口火を切ったにしてもこの結果は同じかもしれなかった。
「愛している、ミロ。」
掻き抱きながら浮かされたように繰り言をこぼすと、眼下のミロが苦笑を浮かべ、カノンの頬をいとおしそうに撫でた。
「そう不安がらなくて良い。お前のことは愛してるし、お前に抱かれたくて寝室まで待てないくらいだし、今はお前以外どうでも良いし、…ああもう、何でも良いから、早くくれ。もう我慢できない。」
肥大する一方で歯止めの効かない愛情に振り回されている自覚はあっても、こればかりはどうにもならなかった。ミロの誘惑に何か大事なものが頭から抜け落ちた。カノンはミロに促されるまま自身を無防備な胎へ埋めていった。あとになってから、避妊を怠ったことに気づいたが、あとのまつりだった。


6月24日。
この日誕生日を迎えるデスマスクたっての希望で、黄金聖闘士で盛大に祝うことになり、巨蟹宮にみなが集まったときのことである。ミネラルウォーター片手にデスマスク手製のカナッペを摘まんでいたサガは、無言で近付いてきたカノンをいぶかしんで眉間にしわを寄せた。たいてい、こういうときのカノンはろくな報告をしないのを知悉しているのだ。
前回は、ミロと結婚したという事後報告だった。アテナには事前にミロから打診があったとはいえ、教皇にも教皇代理にも無断の結婚である。監督不届きで教皇シオンから叱責されたサガにとってはたいがい迷惑な話だったが、アテナが式の立ち会いを務めた都合上、カノンとミロに嫌味を言うわけにもいかず、胃が痛くなったのだった。
今回は一体どんな悪い話であろう。急にキリキリと痛みを訴え始めた胃を抑え、睨みつけるようにして視線で用件を促すと、カミュと談笑しているミロを見つめていたカノンは、例の胡散臭い笑みで応じた。
「サガ、実は、少し遅れたが誕生日プレゼントがある。」
「…拒んだところで、お前は無理矢理押しつけてくるだろうな。それで、そのプレゼントとは何だ?」
「来年の3月か4月、お前は伯父になるんだ。嬉しいだろう?」
サガは度肝を抜かれたらしく、言葉を失っている。カノンはそんな実兄の様子に笑い声を立てた。連日繰り返していてはお返しにならないと揶揄された「お返し」の結果、ミロは「他のもの」ももらうことになった。高くついたとも言える。
だが、そんなミロとの未来をカノンは出逢った瞬間から思い描いていた気がした。カノンにとってミロはすべてであり、ミロ以外に未来を想起させる存在はいなかった。過去はミロへ至るための手段であり、現在はミロと歩むために、そして、未来はミロと描くためにあった。すべてはミロに帰結し、ミロから始まるのだ。
もしかすると、この強すぎる思慕は異常かもしれない。自分で思う以上に、ありきたりで平凡な感情なのかもしれない。これを「恋」の一言で片づけられるのならば、それでも良かった。自分のそばにミロがいて、その目に自分を映してくれさえすれば、それだけで十分だった。
カノンは不安そうに見つめてくるミロに手を振ってやり、先月贈られた乳児用のよだれかけを実用する未来を思った。




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