雑記および拍手にてコメントいただいた方へのご返信用です。
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平日のパリは閑散としている。
というと語弊があるが、少なくとも、ミロがカノンいる場所は人気がまばらだった。最高級住宅地と市庁舎通りを繋ぐ橋のたもとには、散歩中の老夫婦や犬連れの人がちらほら見えるだけだ。ミロたちのように観光中のものはいない。
はじまりは、何ということはないカミュからの便りが発端だった。久しぶりに祖国へ帰省中なので、遊びに来たらどうかという手紙だ。寒さの厳しいシベリアなら勘弁願いたいところだが、今の季節は過ごしやすいフランスということもあり、ミロは恋人のカノンを伴って遊びに行くことにした。少しだけ奮発して、ホテルをスウィートルームで予約したのは、日程がカノンの誕生日と重なっていたためである。
ミロは隙あらば手を繋ごうとしてくるカノンの魔の手をたくみに避けながら、眼前に広がる景色に首を傾げた。快晴の空の下、青緑色に映えるセーヌ川に古びた石造りのアーチがかかっている。マリー橋と呼ばれるその橋は、古いこともあり有名だが、ミロに言わせれば、わざわざ足を運んで見るほどのものではないように思われた。
パリを観光するなら、他に見るべき名所は沢山ある。美食で有名な国だけあって、美味い飲食店も数え切れないほどある。どうせなら、ミロはもっと胃袋を刺激されるような場所を見て回りたかった。あるいは、いかにもフランスらしいロマンチックな場所だ。ミロ自身の趣味からはかけ離れているが、年上の恋人がそういうところを好むことは十分すぎるほどわかっていた。
とはいえ、ベッドの上以外では滅多にないカノンの要望を、ミロが無碍に出来なかったのは事実である。それが年に一回しかない誕生日となれば、なおさらだ。
しかし、写真を撮影するでもなく、ゆったりした歩調で河岸の遊歩道を歩くだけのカノンの姿からは、この橋に対して何らかの意図があるようには見えない。橋の下に差しかかったため薄暗くて見えにくいが、カノンはいつもの食えない微かな笑みをたたえ、予断なくミロの手を握る隙を窺っているようだった。
たまには、こちらから手を繋いでやろうか。折角の誕生日だ。それくらいのサービスはしてやっても良いかもしれない。それとも、もう少し甘いサービスの方が好ましいだろうか。カノンにペアリングを渡す頃にはすっかり雰囲気が出来上がっているだろうから、多少の恥は気にならないはずだ。愛している、と馬鹿の一つ覚えのように囁き続けてやるのも良い。
そんなことを胸中でひとりごちながら橋をくぐりぬけると不意に目を刺した日差しに、ミロは目を眇めた。
「ミロ、待て。」
隙を見逃すような男ではない。カノンは抜け目なくミロと手を繋ぐと、もう二度と放すまいとするかのように強く手を握り締めた。手を繋ぐことが出来れば、カノンの勝ち。逃げ切ったら、ミロの負け。いつもの他愛ない遊びにこれほど胸が温かくなるのは、今日が誕生日という特別な日だからだろうか。
あるいは、カノンの考えが見え透いてきたからかもしれない。
「もうホテルに帰らないか?」
決め手となる台詞を口にするカノンに、ミロは内心苦笑した。ホテルまでは、10分の距離だ。どこか他の場所へ寄り道したいわけでもないだろう。
「…もう良いのか?」
「ああ。」
まだ、この場所に来てから5分も経っていない。あれだけ来たがっていたにもかかわらず、どうして急に心変わりしたのか問い質すのは愚行というものだ。マリー橋の下で願い事をすると叶う、というのは有名な話だった。ミロは自然と浮かび上がった満面の笑みを噛み殺して、小声でうそぶいた。
「変なやつ。」
手を握りあったまま、来た道を引き返す。来年も再来年もこうして同じように、くだらない遊びに機嫌の行方を左右されながら、カノンと寄り添って歩いていくのだ。同僚から想像力に乏しいと評されるミロでも、安易に描ける未来予想図だった。むしろ、他の未来など想像もつかない。ミロはカノンの肩に頭を預け、忍び笑いを漏らした。
「それで、願い事は出来たのか?」
表情は窺い知れないものの、わずかにカノンがたじろぐ気配がした。
「何だ。知っていたのか。」
「当然だ。まあ、直接口にした方が、叶う確率が跳ね上がると思うがな。」
聞くまでもない願いごとに違いないが、直接ねだってくれるのなら、少しくらい過激なサービスをおまけしてやっても良い。ついさきほどまでまったく思いつかなかったことを伏せて、期待が覚られないよう口ぶりに気をつけて得意ぶれば、カノンが優しく髪を撫でてきた。
「…いや、危険は冒せないからな。止めておく。」
橋の下で願ったことを口外してはならない。
ミロには、未来を変えるつもりはない。けれど、真偽の定かでない噂に少しくらい頼ってみても悪くはない。
だが、ミロに言わせれば、あくまでも願いを叶えるのは自分自身だ。未来とは、自分で掴み取るためにあるのだと信じていた。ミロは繋いだ手を引いてカノンを引き寄せると、唇へ触れるだけのキスをした。
「俺はもう少し、お前が自分自身に自信を持てるように願えば良かった。」
「悪かったな。…それで、お前は何を願ったんだ?」
「自分のは言わないくせに人のは知りたがるのか?」
そう言えば、カノンが自重気味に目を伏せた。こういうところが、もっと自信を持てと言いたくなる根拠なのだと叱り飛ばしてやりたい気もするが、今日のところは誕生日だ、免じてやろう。ミロは苦笑を浮かべ、偉そうに腕を組んだ。
「でもまあ、教えてやらんこともない。きっと、カノン、お前と同じだ。」
そこで、わざとらしく間を取る。
「――だが、」
「…だが?」
普段は冴えわたる頭は、どういうわけか、ミロに関係した途端鈍くなる。ミロはいとけない満面の笑みを浮かべて、カノンの腕へ腕を絡めると、耳元で囁いた。
「俺の場合は、願いというより確信に近い。それに、お前よりはよっぽど具体的だ。」
答え合わせまで、あと少し。
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【企画】カノミロ祭 | 豆@ラダミロを布教し隊 さま
[pixiv] http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=35672813
「6、誕生日」
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