雑記および拍手にてコメントいただいた方へのご返信用です。
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もうずいぶん長いこと車窓には、緑の生い茂った平原の景色が流れていた。
仕事柄、交通手段として、ジュリアンの所有するクルーザーを利用することが多かったため、アウトバーンを走行するのは初めてだった。
カノンは車線から外れないよう右手でハンドルを操作しながら、隣でぎこちなく黙りこんでいるミロを一瞥した。車酔いしたわけではないだろうが、心もち顔色が悪いようだ。いつもならば澄んだ空色の瞳は、灰青色にけぶっていた。
ミロと付き合い始めて、一年が過ぎていた。
海龍として生きることを選んだカノンと黄金聖闘士であるミロが一緒にあることを選択するのは、生半可な気持ちでは到底叶わなかったが、紆余曲折の末に、アテナとポセイドンのお墨付きを経て、現在に至っている。
本当ならば、もっと手放しに喜ぶべきなのだろう。それが出来ないのは、願っていた半分も恋人らしいことが出来ていないせいかもしれない。
ここ2カ月余り、カノンはバルト海で任務にあたっていた。ミロとはときおり思念で会話をしていたが、仕事に忙殺されてしまい、念話すら間々ならないことの方が多かった。年下の恋人がみなから慕われており、そういう意味で狙っている輩が少ないことを知ってはいたものの、カノンにはどうしようもなかった。それくらい、仕事は多忙を極めた。仕事の大半はポセイドンが目覚めたことによる災害の後始末で、言うなれば、自業自得だ。さすがに傍若無人なカノンでも、文句は言えなかった。
そんな最中、ミロから写真つきで手紙が届いた。父なるライン川に用事があるので、ドイツに来るから会えないか、という内容だった。念話でないことをいぶかりはしたものの、年下の恋人が形に残るものを寄越したことが嬉しくて、カノンはいぶかった事実すら忘れて返事をつづった。誰に撮影してもらったものか、写真のミロは少し気恥ずかしそうにはにかんでいた。少し焦点がぶれているのも、愛嬌だろう。それくらい、ミロの笑顔は眩しかった。
そういうわけで、指折り数えてやっと到来したデートの日。土地勘のないミロとバルト海沖の都市リューベックで落ちあうことにしたのは、カノンにしてみれば当然の流れだった。リューベックは有名で迷う心配もないし、聖域で過保護に育てられ物を知らない年下の恋人に、観光がてら、見識を深めさせてやりたいというお節介な気持ちもあった。それ以上に、歴史を感じさせるリューベックという町で、いつもと違う二人を楽しめれば良いという願いもあった。共に過ごすことの出来る時間が極端にないせいで、ミロとは思うようにいちゃつけていないからだ。
それが、現実には、こうしてミロと気づまりな時間を過ごしていた。リューベックを後にして、2時間になる。
そうなってしまった理由はいくつかあった。ミロと長いこと会えていなかったせいで、実際に顔を見たら胸が詰まってしまい、あれだけ言おうと思っていた台詞が何一つとして出て来なかったせいもある。気恥ずかしそうに眼を落したミロの雰囲気に呑まれ、柄にもなく、片想いの相手を初めてデートに誘った男子学生のような甘酸っぱい気持ちになってしまったせいもある。
そして、これがもっとも厄介で手に負えない理由なのだが、手を伸ばせば届く場所にいるミロからふわりと漂った甘い体臭に、カノンはミロと人気のない場所にしけこみたくてどうしようもなくなってしまったのだ。
しかし、いつも、欲望に流されて寝室に閉じこもってしまうせいで、カノンはミロと恋人らしいことをしたことがなかった。神々のお墨付きを頂戴しておきながらこれはまずいのではないか、と思い至ったのが半年前。それから、ことあるごとに、カノンはミロと恋人らしくいちゃつこうとしては失敗してきた。会えない時間が恋をはぐくむ、とは世間一般によく言うが、カノンとミロの場合、会えない時間が欲情をはぐくんでいるようだった。
無論、カノンはミロとそういうことが出来て嬉しくないわけではない。むしろ、セックスのセの字も知らなかった清廉なミロにあんなことやこんなことを教え込み、終日寝室から出て来ないくらいなのだから、万万歳なのである。
だが、セックスを知ったばかりのガキじゃあるまいし、ミロを心から敬愛しているからこそ、いつまでもこんな調子でいるのもカノンとしては気後れするのだった。
「道が空いていて良かったな。」
行くあてのないドライブだ。道が空いていようと渋滞していようと大して違いはないのだが、カノンがぽつりとこぼせば、隣のミロが居住まいを正した。沈黙を退けるように、僅かに開けられた窓から入り込んで来た風がミロの髪をなびかせる。同時にふわりと香った体臭に、思わず、カノンはミロを直視できずに顔を背けた。
「…カノン、」
ミロの声がする。甘い、子猫がじゃれつくときに発するような声だった。カノンの経験談から言うと、こういう声を出すときのミロはたいてい欲情していて、カノンの誘惑に精を出している小悪魔的な…
不意に、ぬるりとした感触がカノンのものに触れた。
カノンはびっくりしてハンドルを切り損ねた。キキーッとブレーキの音を響かせながら車が大きく蛇行する。幸いなことに他の車の存在はなかったが、大事故に至ってもおかしくない運転だった。先端にキスを落とされる。カノンは慌てて路肩に車を寄せて、ハザードランプを点けた。
「お、おい!ミロ!」
「何だ?」
まったく気にした様子もなく、ミロがわざとらしくちゅっと音を響かせながら、カノンのものを唇で食んだ。
「お、お前!人が運転しているときにそういうことは止めろ!」
自分のそそりたつものがあまりにも説得力に欠ける事実に無理矢理目を伏せて叱責すれば、ミロは上目遣いにカノンを見やった。
「…カノンが本当に嫌なら止めるが。」
結局、車中で一度、アウトバーンを抜けて一番近くにあったホテルで一昼夜、カノンはミロと盛り上がってしまった。ミロとセックス抜きでいちゃつこうとしていたカノンは、頭を抱えて自分の節操のなさを嘆いたが、年下の可愛い恋人から熱烈に誘われて応えない方がどうかしている。そういう結論を出すことにした。けっして、現実逃避ではない。ミロがかわいすぎるのが悪い。
ちなみに、遠距離恋愛ゆえにカノンと同じ不安に駆られたミロが、年若さゆえの考え足らずで「身体だけでも引きとめておきたい」と迷走していたことが発覚するのは、そんな二人の恋愛が遠距離ではなくなり、笑い話として語れるくらい時間が経ってからのことである。
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