雑記および拍手にてコメントいただいた方へのご返信用です。
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太陽がぎらついている。私はアバヤの下で流れ落ちる汗をぬぐった。目元と手先以外のすべてを覆い隠すアバヤは正体を隠す上で便利だが、非常に暑かった。たぶん、その下に洋服を身につけているせいだ。
場所は中東の某国。レンガで作られた家々が無秩序に立ち並び、白い壁が日差しを照り返し眩しく輝いている。行きかう人々はほとんど男性で、ときおり、漆黒のアバヤをまとった女性が寄りそっていた。おそらく、女性だけで出歩く習慣がないのだろう。
ジープが土煙をあげる。
何とはなしに街を眺めていたカノンが、私を一瞥した。こちらも現地の民族衣装であるカンドゥーラを身につけているが、一目で西洋人と見てとれる外見のため、どうしても場違いな感は否めない。私は肩を竦めてみせた。
「悪かったな。」
聖域と地上との交通手段はいくつかある。
メジャーな手段は、「架け橋」と呼ばれる光の階段を召喚するものであり、主に下級の聖闘士が用いる。侍従たちは、聖域への「架け橋」となる史跡を用いることが多いようだ。もちろん、聖衣をまとって飛行することも可能だが、それは目につくため、当然褒められた行為ではない。
私がもっぱら用いているのは、「転送」だ。ワープ、ととらえてもらえば良い。初見の場所は不可能だが、足を運んだ既知の場所ならば跳ぶことができる。
今回は、転送する座標を誤った。誤差にして、20キロほど。それほど大それた距離ではないが、聖闘士であることを隠す身にはいささか辛いものがある。
「まあ、何とかなるだろう。」
この国の人々は警戒心が非常に強いため、口にするほど楽観視できないことはわかっていた。排他的で知られる彼らは、交通手段を提供してはくれないだろう。
そもそも、転送する座標を誤ること自体、ありえない話だった。それがなぜ誤ったのかは、神のみぞ知るである。
ひどく、めまいがした。
「おい、大丈夫か?」
「大丈夫だ。」
緊張に声がひび割れた。私は汗ですべる手のひらをアバヤで拭った。息が詰まる。
再び、不審そうな物問う眼差しを感じた。私の希望に反し、カノンを説得するには至らなかったようだ。それも仕方ないのかもしれない。自分でも、まるで説得力に欠いているのがわかっていた。私は天を振り仰いだ。
どうして、私なのだろう。
1時間後、私たちは目的地に到着していた。
現地に到着した直後、私たちは交通手段を得るため二手に別れたのだが、ほどなくして、カノンが車を調達して来たのだった。外車だ。いぶかしむ私に、カノンは気の良いやつらが貸してくれたのだと説明した。胡散臭いことこの上なかった。しかし、これ以上追求しても無駄だとわかっていた私は、気にすることなく、乗車を決めた。
カノンはこれと決めたら、考えを改めないところがある。それに悪びれもせず海龍時代の悪事を語る一方で、秘密主義な面もあった。よもや黄金聖闘士筆頭ともあろうものが善良な一般人に手を出すことはないだろうから、見て見ぬふりを決め込んだ方が、時間を無駄にせずに済むのだ。
問題の場所は、現地特有のレンガ作りの要塞だった。周囲は一帯砂漠で遮蔽物がなく、たいへん見晴らしが良い。上部には襲撃に備えて銃眼が設けられており、戦時であったならば、接近すらままならなかったに違いない。あちこちに色濃く残る血痕と、石油に紛れえぬほどの臭気が、まだ戦時下であることを表していた。
時刻は正午を回っていた。任務を開始するにはずいぶん早いが、時間を空費するつもりもなかった。私たちの到着など、とっくにばれていることだろう。それにもかかわらず、攻撃はない。その事実が示す意味は一つだ。
「罠のつもりなのだろうが…ずいぶんと、甘く見られたものだ。」
私はアバヤを助手席へ脱ぎ捨て、聖衣をまとった。やっと、一心地ついた気がした。石造りの扉を蹴り破ると階段が続き、地下へと続いていた。
「おい、あまり事を荒立てるな。」
「わかっている。」
遅れて、聖衣をまとったカノンがぼやく。
「わかっているようには思えん。」
階段を下りた先には血で黒く薄汚れた石牢があり、しばらく進むと、驚くほど広い研究施設に出た。私はここを知っていた。部屋の隅には、あのころと変わらず、夜の寒気を耐えるための石油ストーブと薪が積まれている。
「お前は誰だと思う?」
その言葉に、私はカノンを見やった。
この地に次代の聖闘士がいる。托宣が降ったのは昨夜のことだ。通常であれば考えられないような稀な托宣内容ではあったが、前例があったこともあり、神官はアテナへ報告。私たちが派遣されるに至った。
私は自嘲の笑みを浮かべた。
「さあな、蠍座かもしれん。」
根拠を問うように、カノンの眉が持ち上げられる。私はそれを無視した。
天井から吊られた古臭い石油ランプが揺れている。中央に据えられた実験装置は、赤く色づいた水で4分の1ほど埋まっていた。床は一面水浸しだ。血の臭気がすることから、半分以上は血かもしれなかった。
脳裏に恐怖がフラッシュバックした。彼らは、彼らの神の尖兵となりうるだけの強さを持つホムンクルスを創るのだと息巻いていた。あの頃の処遇を思い出すと、息が詰まる。先代の水瓶座に救いだされるまでの数年間、私にとって、死こそ希望であり、死が救いだった。
中身はどうしたのだろう。
焦燥に集中力は途切れ欠けていたが、私は警戒を怠らないまま、装置に近づいた。もう持ち去った後なのか。ここからすでに撤収したのだとすれば、さきほど攻撃がなかった理由となりえる。
装置の後ろには、ブーツが転がっていた。倒れ込んだ男は、野犬に群がられた死体のようなありさまだった。
何かが動いた。
心臓が跳び跳ねた。身じろぐことすらできずにいる私の前に、それは現れた。
燃えるような赤毛に、魚の腹ほども白い手足。全裸のそれは、全身返り血で染まっていた。唇は、刷毛で紅を刷いたように赤かった。
「おい、気をつけろ!」
カノンが叫ぶ。だが、私は、昔の私自身の姿をかたどったそれを前に立ちすくむことしかできなかった。暗闇が怖い。寒さが怖い。ここが怖い。デコイを前にしたことで、一気に恐怖心が噴出した。それの胡乱な目が光を帯び、唇が開かれる。
それの技が放たれるのと、カノンに庇われたのは、ほとんど同時の出来事だった。抱き込まれてなお、我が身を衝撃が襲った。すぐさま、カノンが左手をかざす。
「ギャラクシアンエクスプロージョン!」
カノンの技をまともに喰らって、それが倒れた。胴体に開けられた風穴から、まるでバターが溶けるように、白い身体は崩れていく。あとには、それが喰らったのであろう血肉が残った。
傷ついた肩を抑え、カノンが頭をふった。
「無駄足だったらしいな。」
理由を問われれば、私だって返しようがあった。敵地で恐怖に気を取られ、仲間を負傷させるなど、責められて当然だった。だが、カノンは何も聞かず、無力感に打ちひしがれる私の頭を左手で優しく撫でた。
「今にも泣きそうな面をして、お前らしくもない。さっさと帰るぞ。」
「…すまない。」
場違いなほど明るい笑い声が響いた。
「気にするな。」
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