雑記および拍手にてコメントいただいた方へのご返信用です。
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
托宣は、アポロ神の悪戯だった。どうも、私をびっくりさせたかったらしい。
アテナは文句を言うと息巻いていたが、神と人間との倫理観は大きく異なるので、本当に、他意のないものだったのだろうことは想像に難くない。あるいは、女好きの彼ことだ。以前、アテナの供として拝謁を許された際、モーションをそれとなくかわした私に対する罰だったのかもしれない。カッサンドラの受けたものに比べたら、児戯に等しい罰だ。
双児宮の寝室に、林檎の皮をむく音が響く。
「勿体ないな。」
カノンのもの珍しそうな発言に、私も頷き返した。林檎の皮には有用な成分ポリフェノールが含まれている。それにもかかわらず、廃棄するとは。しかし、アテナがとっておきの林檎を贈ってくださったため、最上の状態で食べるべく日本流に皮をむいているのだった。
「せっかくだ、食べさせてくれ。」
にやにや笑いながら、得意そうにカノンが口を開く。普段であれば戯言と切り捨てるところだが、今回ばかりはこちらが折れざるをえない事情がある。私はいっとう美味そうな林檎を選び取ると、カノンの口元へ運んだ。
中東から戻ってきた途端、カノンは倒れ込んだ。抱き込まれた私にすら伝わるほどの相当な威力の攻撃だったことに加え、あれのスカーレットニードルは毒が仕込まれていたらしい。蠍の猛毒だ。アテナの治癒の力をもってしてなお治すことのできない怪我に、カノンは三日三晩生死の境をさまよった。
向こうでサガに会った。眼を覚ますなりそうこぼした男は、油断していた自分に責はあるとアテナの治療を拒み、今もまだベッドでまどろんでいる。
本当に責められるべきは私ではないか。何度、その言葉を呑み込んだことだろう。
「ミロ、果汁が垂れている。」
腕を掴まれ、手首に舌を這わされる。とっさの出来事に何ら手を打つことができず、身体をこわばらせていると、カノンが笑った。羞恥に顔が熱くなってくる。私は慌てて手を奪い返した。
寝込んでいる最中は肝を冷やしたものだが、目覚めてしまえば、これまでどおり飛び出す節操無い発言にあれほど心配するのではなかったと悔やんでくるから不思議である。それも、こちらに気遣わせまいとするカノンの策なのかもしれないが。
「男の寝室に一人で来るなど、無防備にもほどがあるとは思わなかったのか?何をされても文句は言えんぞ。」
人を食ったような笑みは、馬鹿にされている気がして好きではない。憮然とした私は、口内で不明瞭な文句を吐き捨てた。それから、改めて、カノンの目を覗き込む。絶対安静が解除された今日まで、カノンに謝罪を出来ずにいたからだ。
「…カノン、改めて礼を言う。庇ってくれてすまなかった。何か、償いがしたいのだが。」
「償い?お前はまったくおかしなことを言うのだな。あれは任務だ。任務の一環での行為に対して、償いも何もないだろう。」
「それでは、私の気が済まない。」
息巻く私に、カノンは少しだけ困ったように首を傾げた。値踏みするようにこちらを見つめる目が僅かに眇められる。そのオッドアイに翳ろう色に、先ほどのアルデバランの発言を思い出し、不覚にも狼狽した。
自己嫌悪も手伝って、私などを庇って生死の境をさまようなど馬鹿だと断じる私に、あろうことかアルデバランは「あまりそう責めてくれるな。あやつだって、惚れた女のために怪我を負ったのならば、名誉の傷だろうよ。」と言ったのだった。解せない。女など選り取り見取りで選り好みも実に激しそうなカノンが、私ごときに惚れているはずがない。
「それならば、言葉に甘えるか。…実は、利き手を怪我して不自由している。」
そう言って、カノンは包帯の巻かれた右腕を少し持ち上げてみせた。カノンが倒れ込んだ直後に見ただけだが、負傷した右肩を中心に、腫れあがり血管が浮き出て変色していた。今も、包帯から覗く手の甲は黄色とも青とも言いがたい色をしている。元々非常に美しい手の持ち主だけに、なおのこと痛々しかった。
「しばらくの間、俺の生活を手助けしてくれないか?」
わざわざ尋ねずとも、いつもの調子で居丈高に命じれば良いのに。
この時点でいぶかしむべき点は多々あったのだろうが、それに気づくこともなく、一も二もなく、私は頷いた。カノンの負傷は自らの過ちであり、責めを受けるべきは自分だったからだ。
「私でできることであれば、何でもしよう。」
嘘偽りなく、私は何でもするつもりだった。
この記事にコメントする
カレンダー
フリーエリア
最新コメント
最新記事
(01/12)
(01/12)
(01/11)
(12/07)
(11/09)
プロフィール
HN:
たっぴ
性別:
非公開
ブログ内検索