雑記および拍手にてコメントいただいた方へのご返信用です。
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「検査の結果は?」
トイレの前で待ち受けていたカミュが聞く。ミロは気まずさから目を逸らしたが、どうせばれることだと開き直り、カミュに検査薬を渡す。内心、カミュは返事がなかったことがすでに答えになっていると思いながら、渡された結果を見る。
「陽性か。それで、どうするつもりだ?」
「どうするもこうするも、しばらく元には戻れないんだろう?そもそも、元に戻れるのか?」
「善処はするが。」
それほど空けておけるような仕事でもない。不在の理由を明確にしなければ、いずれ、詮索されてコトはばれるだろう。ミロはくしゃりと髪を掻き上げ、溜め息をつく。
何にせよ、教皇とアテナには事情を釈明せねば。
「自業自得ではないか。」
手厳しいシオンとは対照的に、アテナはうつくしい顔をくもらせる。
「それで、ミロ。あなたはどうするつもりですか?」
長らく死の床に伏せていたシオンと違い、アテナは、聖戦を経て、短いながらもミロの本質を垣間見る時間をともに過ごしている。ミロは安易な考えから享楽に耽るような人物ではないが、かといって、根が真面目すぎるゆえにこのような事態を招くような人物とも思えなかった。
だからこそ、ミロからカノンを口説く許可を求められたときは、驚きながらも承諾した。ミロが思いがけないことを求めたからだ。アテナは、ミロがカノンを贖罪する場面を見ている。あれは、カノンだけではなく、ミロにも衝撃を与えたのだろう。想像に難くない。
アテナは渋面でぶつくさ説教を垂れているシオンを一瞥し、それから、困り顔のカミュを眺め、再び、ミロへ視線を戻す。ミロは決まりが悪げだ。
アテナは、にっこり微笑んだ。
「良い機会ですから、もういっそ、カノンを本格的に誘惑してしまったらどうですか?」
ミロが女になった事実はまたたくまに聖域に流れた。
いや、正確には、「ミロが女から戻れなくなった事実」だ。ミロが女になったことは、サガも報告を受けていた。だが、元に戻れるはずだと聞いていた。
かわいい部下の憂慮に気をやきもきするサガと違い、同じく、その報告を受けたカノンは内心激しく動揺していた。
やはり、この前の女はミロだった。だが、ミロは、再び顔を合わせるのを承知の上で、名も告げないまま抱かれるような男だろうか?そうは思えない。何か原因があって、元に戻れなくなってしまったに違いない。
となりのサガも、同じことを言っている。
自分に抱かれたせいだろうか。報告では、同じ調合薬を飲んだ少年は元に戻れたという。違う点は、薬を飲むまでに時間が経過している点と、カノンに抱かれた点のふたつだ。
後者を、サガは知らない。
カノンとミロの他に、誰がその事実を知っているのだろう。
カノンは悩んだ末、その夜、天蠍宮を訪れる。表面上は、女になったというミロの顔を面白がって見に。あの晩、ミロは目元を覆うマスクをつけていたし、寝室では灯りをともさなかったから、気づいていないふりをすることも可能だろう。多少、無理はあるが。
「カノン、すまなかったな。」
軒先で開口一番告げられたミロの台詞に、カノンは溜め息をこぼす。ミロはこういうやつだった。良くも悪くも、実直。隠し事を良しとしない。
そんなミロが何故、正体を隠してまで自分に抱かれようとしたのか。
わからない。
「…気にせんで良い。だが、どうして、あんな真似を?」
「どうせ女になったのだ。一度やってみたかった。」
「誰でも良かったのか?」
「違う。」
ミロはカノンを宮内に入れるつもりはないらしい。カノンは溜め息をこぼし、踵を返す。だが、一度、振り向いて問いかける。
「お前はそれで、満足か?」
ミロの目がきらりと光る。アンタレスの赤だ。見入られるカノンの前で、ミロが瞼を伏せる。赤が隠れる。
「…ああ、満足だ。」
一か月が経過する。
ミロは女の体に慣れたとうそぶくが、実際は、手足のリーチの長さや体重の軽さなど、いろいろなことにとまどっている。小宇宙があればだいたいの問題は片がつくが。
一番の問題は、周囲の目だった。
別に、ミロは何かが変わったわけではない。性別が変わった。染色体が一部変質した、ただそれだけのことを、周囲はこんなにも騒ぎ立ててみせる。少し、腹が立った。
今は、妊娠して気が立っているのだろうなどと訳知り顔でいうカミュに腹が立っている。ミロはカミュが入れてくれた美味しくないたんぽぽコーヒーを飲みながら、チョコチップクッキーを摘まむ。前はさして好きでもなかったチョコチップクッキーが、最近はこんなにも食欲をそそる。妊娠中だからだ、とカミュは諭すが、女は甘いものが好きだという固定観念のあるミロにしてみれば、自分が女になったから好きになったのだとしか考えられない。
「長期休暇を取ろうと思っている。」
「どれくらいだ?」
「一年くらい。消化していない有休を掻き集めれば、それくらい、取れるだろう。」
「その間に、こっそり産み落とすつもりか?」
カミュの問いかけに、ミロは答えない。代わりに、問い返す。
「卑怯だと思うか?」
カミュは答えない。つまりは、卑怯だということだろう。いや、カミュがどう答えようと関係ない。自分で結論の出ている質問をしたことを恥じながら、ミロは立ち上がる。
「カノンにひとこと謝罪してくる。」
双児宮にミロがやって来た。サガは出払っている。
突然、謝られたカノンは首を傾げる。
ここ一カ月、ろくに顔を見た覚えがない。ミロが女になる前は、あれほど、毎日のように顔を突き合わせていたというのに。
下心を隠して、ミロだけを見つめていた。友情を盾にして、ミロの隣にいたい、ミロを独占したいというあさましい自分の欲を満たしていた。
謝罪するなり、さっさと踵を返してミロが立ち去ろうとする。その後ろ姿に、あの夜のミロの後ろ姿がフラッシュバックして見えた。今、また立ち去らせれば、もう二度と会えない気がした。カノンはとっさに、今度こそ、腕を掴んで引きとめる。
「ミロ、お前、何か俺に言うことはないか?」
この頃には、カノンも、自分がミロを抱いたせいでミロが元に戻れない事実を承知している。それが、妊娠ゆえ、とまでは感づいていないが。
ミロはカノンに掴まれた腕を見つめ、それから、真剣なまなざしを向けるカノンを見つめる。そうして、カノンの熱を思い出す。
身体が震える。
「すまん、カノン。」
ミロは瞼を伏せ、空いている方の手で顔を覆うと、恥ずかしげに頭を振る。
「一度きりで、満足できる気がしない。」
ミロの告白に、ゆっくり、カノンの顔に笑みが浮かぶ。ミロは、一度やってみたかっただけだと言った。満足だと言った。この前会ったときは。
決して、カノンはミロに一度きりのセックスで満足したかどうかを尋ねたわけではない。女になっても後悔はしていないか?という意味で、満足か、と尋ねたのだが。
カノンは自然に浮かんでくる笑みを必死に殺そうとしながら、それでも殺しきれず、くしゃりと笑って、ミロを掻き抱く。
「奇遇だな、俺もだ。」
迷いを見せた後、ミロがカノンの肩口に顔をうずめる。ゆっくりと、ミロの腕がカノンの背中に回る。カノンはスマートに女を捨てる。それを、自分は知っている。だが、自分の直観は、カノンの笑顔を信じろという。
信じて良いのだろうか。
カノンにベッドへいざなわれ、熱烈に愛を交わしながら、ミロは真実を言ったらカノンはどうするだろうと思い悩む。
赤ちゃんができたの。あなた、パパになるの。実に、陳腐な台詞だ。ドラマで良く見る。
自分は、カノンの子を孕めて幸せだと思う。尊敬する黄金聖闘士の子だ、産めて喜ばないわけがない。ミロの感覚としては、それは女が子を孕む感覚というより、偉大な師の子弟を自分が教育できる感覚に近いものがある。たとえば、カミュの弟子の氷河に対するような。だが、あれよりも、何千倍も、気持ちは熱い。
しかし、カノンは?カノンからすれば、子種を盗まれたと感じるかもしれない。盗んだつもりはないが、尊敬する男から軽蔑されることが、何よりも辛い。怖い。
今更の不安かもしれないが。
熱いものに穿たれ、やがてミロの思考も掻き消える。
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