雑記および拍手にてコメントいただいた方へのご返信用です。
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カノミロ です。
ホ モ です。
ちまちま書いていますが、ぜったいに無理だこれ。
と思ったので、プロット大爆発。
と思ったけど、少し詳細にプロットを立ててみたら、
「もうこれが文章でよくね?」
という感じになりました。
*
カミュとともに、ミロはカミュの故国ブルーグラードに来ていた。
貴族社会の影響が色濃く残っており、領主の持つ力は絶対的なものだ。北方諸民族が治める東シベリア、それも永久凍土という特殊で閉鎖的な土地に、独裁国家が誕生しようとしていた。
政治に不介入を貫いてきた聖域だったが、ハーデスの復活を目前に控えた今、無用な混乱は避けたい。
教皇の指示により、先遣隊として派遣されたのが、ミロとカミュの二人だった。カミュは土地に明るく、ミロは数学的才能がある。急速に力をつけつつあるブルーグラードがどこから資金を得ているのか、調べるのが今回の任務。
ブルーグラードの行政を司る屋敷に忍び込んだ二人は、帳簿を調べ始める。数学に強いミロ。極東民族の言語にも精通しているカミュ。ミロが捕鯨に関する計算がおかしいことに気づき、改竄はすぐに見つかった。
侵入の痕跡を残さないよう、カミュとミロは神経を使って、屋敷から抜け出る。屋根をいくつか跳び越え、敷地外へ着地する。
この後の調査を引き継ぐのは、カミュだ。
その晩、ブルーグラード領主の屋敷では仮面舞踏会が催された。
表向きは政治献金を募るためのパーティーだが、その実態は、戦争の支援者を募るためのパーティーだ。正体を知られては困る高貴な身分のものたちが、仮面で顔を隠し出席していた。カミュはその中に、幾人か見知ったブルーグラードの有力者を見出し、顔をこわばらせる。
故国がここまで腐敗しているとは。
カミュはミロに適当に料理を食べて適当に切り上げるよう言うと、席を立つ。ミロが一緒にいては、目立って仕方ない。ミロの金髪は、この白で埋め尽くされたブルーグラードにあって、見ることの叶わない太陽のように眩しく、否応なしに人目を引いた。
カミュが「捕鯨」に関する証拠を集め、確証を得るため、領主の執務室がある別館へ向かうと、ミロは適当に料理を食べ始めた。美味そうな料理が放置されているのが許せなかったのだ。
そんなとき、ふと強い視線を感じ、ミロは顔をあげた。
正面には、ブルーグラードの領主のみ座ることを許された椅子がある。いかにも権力者が好みそうな、金細工にベルベット張の趣味の悪い椅子だ。最初に領主によって行われた演説で、他のものは何人たりとも座ってはならないという悪趣味なパフォーマンスは実に腹立たしかった。
その傍らに、見たことのない男が立っていた。オペラ座の怪人の扮装だろうか。仮面をつけていても、男が端正な顔立ちをしているのがわかる。
ミロが自分に気づいたことを悟ると、男はふっと笑みをたたえ、ゆっくり近づいてきた。
「聖域が一体何の用だ?政治には不介入を決め込んでいるはずだろう。」
男の発言にとっさに言い訳をしそうになったミロは口を噤んだ。
男は、聖域を知っている。元聖闘士候補生だろうか。
しかし、ミロはすぐさま考えを否定した。外部の人間でも、聖域の事情に明るい者は、いなくはない。権力者はいつでも神秘の力に焦がれ、その象徴である聖域を欲してきた。今回もそのケースだろう。
下手に情報を開示して、聖域の不利益となってはまずい。
黙りこむミロに、男が眉を上げた。
「何だ?用事があって来たんだろう。だんまりか?」
男の言いように血の気の多いミロはむっとしたが、反論をこらえた。男は領主を一瞥し、それからミロの全身をしげしげと見つめた。
「人が多すぎる。庭園へ行くぞ。ここよりはマシだろう。」
屋敷の庭園は、一面ガラス張りの温室に設けられていた。客人用の別館に通じる道でもあるここでは、永久凍土で珍しい花も観賞できる。
しかし、今宵、人々が愛でる花は植物ではなかった。
時折、耳を突くのは嬌声だろうか。ブルーグラードの夜気に当てられ、たじろぎ、耳を赤くするミロの様子に、男がさもおかしそうに笑声を漏らした。
「何がおかしい!」
噛みつくミロに男が言う。
「聖域の黄金聖闘士さまはこういうのはお嫌いか。」
「…!俺のことを。」
「知っているに決まっている。」
そう言うなり、男は乱暴な仕草でぐいとミロの顎を持ち上げ、まじまじと見つめた。男の目に揶揄めいた興味がひらめいた。
「そのアンタレスのような煌めき…お前は、蠍座の黄金聖闘士ミロだろう。」
男はきつく睨みつけるミロから、ぱっと手を離した。
「噂には聞いていたが、黄金聖闘士がこんなガキだとはな。笑わせてくれる。」
何よりも誉れとしている黄金聖闘士の座を嘲られ、黙っていられるはずがない。ミロは男に殴りかかった。しかし、右腕が空を切ったかと思うと、そのままの勢いで引き寄せられた。感情に任せたものとはいえ、黄金聖闘士の攻撃を避けるとはただものではない。この男は、一体。
吐息がかかるほどの距離に男の唇があった。
「逸るな、ガキが。ここでは人目を引く。他の場所でなら、相手をしてやらんこともないが…、」
そこで男は言い渋った。頭に血がのぼっていなければ、ミロも男のそれがふりだとわかっただろう。男は唇を歪めてみせた。
「罠と知っていてかかるだけの度胸が、はたしてお前にあるものか。」
「…馬鹿にするな!」
鼻先で嗤った男はミロを自由にすると、さっさと歩き出した。迷いのない男の様子にミロは逡巡したものの、好奇心と、それ以上に憤慨が勝って、後を追うことにした。ここでブルーグラードの不正の証拠を手に入れれば、カミュはおろか、教皇も諸手を上げて喜ぶだろう。
危険は承知の上だった。
別館に踏み入れ、次第に人気がなくなっていった。男は領主からかなり優遇されているようだ。男の部屋はワンフロアをまるまる利用していた。注意を払い、興味深そうに観察するミロを意に介さず、男は進んでいく。
部屋に足を踏み入れた途端、ミロは男に胸倉を掴まれ、中に投げ出された。ミロは咄嗟に受け身を取ったが、幸い、ベッドの上に投げ出されたため、思ったほどの衝撃はなかった。だが、甘い考えだった。
小宇宙を高めようとしたが、何の反応もなかった。この部屋には、特殊な加工が施されているらしい。
やはり、罠だったのだ。
驚愕するミロを乱暴にベッドに捩じ伏せたカノンは、馬乗りになり、タイを緩めながら口端を歪めた。先ほど庭園で見た嘲笑だった。
「お前のように聖域の現実を知らないガキを見ると、反吐が出る。」
男の手が乱暴にミロの襟元にかけられ、勢いよく、布地を裂いた。急に素肌に触れた冷たい空気に、ミロの肌が粟立った。
これから何をされようとしているのか、経験のないミロにはまったくわからなかった。まさか、同性同士でそのような行為に及べるなど、これまでの15年の人生の中で、潔癖なミロは考えたことすらなかった。
それでも、ミロは男から逃げようとして、身体を捩った。抵抗を封じ込めるためか、両手は頭上にまとめ上げられ、動かせそうにない。足を振り上げて蹴りつけようとすると、殴りつけられ、口内に血の味が広がった。
ぎりりと歯を食いしばり、怒りに燃え滾る目で睨みつけるミロの様子に、男が満足そうに目を眇めた。
「黄金聖闘士ともあろうものが、貶められる気分はどうだ?」
ミロの首筋に舌を這わせながら、男が言う。はじめての感覚にぞくぞくした。自分の感覚が信じられなかった。ミロは慌てて首を振って男を払い除けたが、男は気にした風には見えず、まるで、ミロの先ほどの衝動がわかっているかのように口端をつりあげた。
はじめて、ミロは心から焦燥を覚えた。
「俺がお前に身を持って、所詮お前は世間知らずで甘ちゃんなガキだったと教えてやる。感謝するんだな。」
男の空いている方の手が、ミロのズボンにかかった。
「お前が無造作に甘受している立場を、俺は、望んでも得られなかった。だから決めたんだ。俺をこんな風にしたやつらから、お前たちから、奪い返してやる。」
日の射さないブルーグラードは、朝も薄闇に閉ざされている。
身体が軋んだ。持て余すほどの熱を吐き出された身体は、膿んだように熱を孕み、重かった。それ以上に、心が重かった。
ベッドから降り、床に散らばった自分の服をまとった男は、目覚めてなおずっと黙りこんでいるミロへ、部屋に備えつけてあった服を投げて寄越した。生きて帰されるようだ。
少なくとも、ハーデスと無関係の任で、殺されなかっただけましと捉えるべきか。
しかし、意に染まない無体を働かれたというのに、ミロは乱れてしまった自分が許せなかった。
男はそんなミロの胸中を読んだのか、ベッドに片膝をつき、いつになく優しい仕草でミロの頬へ手を添えた。やけに甘い、まるで悪魔の囁きのような声だった。
「また遊びたくなったら来い。相手をしてやる。」
うそぶく男の手を、ミロは振り払った。これ以上触れられたら、何かが決定的に壊れてしまう気がしたのだ。
「ふざけるな…!」
「ふざけてなどいるものか。お前はさぞ好い声で鳴くだろう…昨夜のように。」
はじめて味わった恐怖はミロを委縮させ、正常な判断力を失わせた。相手にならないというのに、懲りずに殴りかかろうとするミロの攻撃を男はあっさり受け流すと、ミロから身体を離した。
「そうだ。お前たちの教皇によろしく伝えてくれ。」
揶揄する声が癇に触る。それでも、ミロは自分を変えてしまった存在に問いかけずにいられなかった。
「…貴様の名は?」
男が嗤った。自嘲めいた嘲笑だった。
「やつには、名など伝えずともわかるだろう。わかったら、さっさと出ていけ。俺も暇ではないのでな。お前の相手をしてやれるのも限度がある。」
男から退室を促されたミロは、憤りのまま乱暴に服をまとうと、部屋から飛び出した。
聖闘士にとって、怪我は珍しくない。痣や切り傷も、すでに見慣れている。
だのに、これまでのものとは何かが違う気がして、ミロはカミュとの宿泊先に戻る最中も、手首の痣を隠すようにずっと握り締めていた。
*
「わかるか?俺の形のお前の中が広がっているのが。」
と、カノンに嘲笑させたかったです。
R18になるので書けませなんだ。
ホ モ です。
ちまちま書いていますが、ぜったいに無理だこれ。
と思ったので、プロット大爆発。
と思ったけど、少し詳細にプロットを立ててみたら、
「もうこれが文章でよくね?」
という感じになりました。
*
カミュとともに、ミロはカミュの故国ブルーグラードに来ていた。
貴族社会の影響が色濃く残っており、領主の持つ力は絶対的なものだ。北方諸民族が治める東シベリア、それも永久凍土という特殊で閉鎖的な土地に、独裁国家が誕生しようとしていた。
政治に不介入を貫いてきた聖域だったが、ハーデスの復活を目前に控えた今、無用な混乱は避けたい。
教皇の指示により、先遣隊として派遣されたのが、ミロとカミュの二人だった。カミュは土地に明るく、ミロは数学的才能がある。急速に力をつけつつあるブルーグラードがどこから資金を得ているのか、調べるのが今回の任務。
ブルーグラードの行政を司る屋敷に忍び込んだ二人は、帳簿を調べ始める。数学に強いミロ。極東民族の言語にも精通しているカミュ。ミロが捕鯨に関する計算がおかしいことに気づき、改竄はすぐに見つかった。
侵入の痕跡を残さないよう、カミュとミロは神経を使って、屋敷から抜け出る。屋根をいくつか跳び越え、敷地外へ着地する。
この後の調査を引き継ぐのは、カミュだ。
その晩、ブルーグラード領主の屋敷では仮面舞踏会が催された。
表向きは政治献金を募るためのパーティーだが、その実態は、戦争の支援者を募るためのパーティーだ。正体を知られては困る高貴な身分のものたちが、仮面で顔を隠し出席していた。カミュはその中に、幾人か見知ったブルーグラードの有力者を見出し、顔をこわばらせる。
故国がここまで腐敗しているとは。
カミュはミロに適当に料理を食べて適当に切り上げるよう言うと、席を立つ。ミロが一緒にいては、目立って仕方ない。ミロの金髪は、この白で埋め尽くされたブルーグラードにあって、見ることの叶わない太陽のように眩しく、否応なしに人目を引いた。
カミュが「捕鯨」に関する証拠を集め、確証を得るため、領主の執務室がある別館へ向かうと、ミロは適当に料理を食べ始めた。美味そうな料理が放置されているのが許せなかったのだ。
そんなとき、ふと強い視線を感じ、ミロは顔をあげた。
正面には、ブルーグラードの領主のみ座ることを許された椅子がある。いかにも権力者が好みそうな、金細工にベルベット張の趣味の悪い椅子だ。最初に領主によって行われた演説で、他のものは何人たりとも座ってはならないという悪趣味なパフォーマンスは実に腹立たしかった。
その傍らに、見たことのない男が立っていた。オペラ座の怪人の扮装だろうか。仮面をつけていても、男が端正な顔立ちをしているのがわかる。
ミロが自分に気づいたことを悟ると、男はふっと笑みをたたえ、ゆっくり近づいてきた。
「聖域が一体何の用だ?政治には不介入を決め込んでいるはずだろう。」
男の発言にとっさに言い訳をしそうになったミロは口を噤んだ。
男は、聖域を知っている。元聖闘士候補生だろうか。
しかし、ミロはすぐさま考えを否定した。外部の人間でも、聖域の事情に明るい者は、いなくはない。権力者はいつでも神秘の力に焦がれ、その象徴である聖域を欲してきた。今回もそのケースだろう。
下手に情報を開示して、聖域の不利益となってはまずい。
黙りこむミロに、男が眉を上げた。
「何だ?用事があって来たんだろう。だんまりか?」
男の言いように血の気の多いミロはむっとしたが、反論をこらえた。男は領主を一瞥し、それからミロの全身をしげしげと見つめた。
「人が多すぎる。庭園へ行くぞ。ここよりはマシだろう。」
屋敷の庭園は、一面ガラス張りの温室に設けられていた。客人用の別館に通じる道でもあるここでは、永久凍土で珍しい花も観賞できる。
しかし、今宵、人々が愛でる花は植物ではなかった。
時折、耳を突くのは嬌声だろうか。ブルーグラードの夜気に当てられ、たじろぎ、耳を赤くするミロの様子に、男がさもおかしそうに笑声を漏らした。
「何がおかしい!」
噛みつくミロに男が言う。
「聖域の黄金聖闘士さまはこういうのはお嫌いか。」
「…!俺のことを。」
「知っているに決まっている。」
そう言うなり、男は乱暴な仕草でぐいとミロの顎を持ち上げ、まじまじと見つめた。男の目に揶揄めいた興味がひらめいた。
「そのアンタレスのような煌めき…お前は、蠍座の黄金聖闘士ミロだろう。」
男はきつく睨みつけるミロから、ぱっと手を離した。
「噂には聞いていたが、黄金聖闘士がこんなガキだとはな。笑わせてくれる。」
何よりも誉れとしている黄金聖闘士の座を嘲られ、黙っていられるはずがない。ミロは男に殴りかかった。しかし、右腕が空を切ったかと思うと、そのままの勢いで引き寄せられた。感情に任せたものとはいえ、黄金聖闘士の攻撃を避けるとはただものではない。この男は、一体。
吐息がかかるほどの距離に男の唇があった。
「逸るな、ガキが。ここでは人目を引く。他の場所でなら、相手をしてやらんこともないが…、」
そこで男は言い渋った。頭に血がのぼっていなければ、ミロも男のそれがふりだとわかっただろう。男は唇を歪めてみせた。
「罠と知っていてかかるだけの度胸が、はたしてお前にあるものか。」
「…馬鹿にするな!」
鼻先で嗤った男はミロを自由にすると、さっさと歩き出した。迷いのない男の様子にミロは逡巡したものの、好奇心と、それ以上に憤慨が勝って、後を追うことにした。ここでブルーグラードの不正の証拠を手に入れれば、カミュはおろか、教皇も諸手を上げて喜ぶだろう。
危険は承知の上だった。
別館に踏み入れ、次第に人気がなくなっていった。男は領主からかなり優遇されているようだ。男の部屋はワンフロアをまるまる利用していた。注意を払い、興味深そうに観察するミロを意に介さず、男は進んでいく。
部屋に足を踏み入れた途端、ミロは男に胸倉を掴まれ、中に投げ出された。ミロは咄嗟に受け身を取ったが、幸い、ベッドの上に投げ出されたため、思ったほどの衝撃はなかった。だが、甘い考えだった。
小宇宙を高めようとしたが、何の反応もなかった。この部屋には、特殊な加工が施されているらしい。
やはり、罠だったのだ。
驚愕するミロを乱暴にベッドに捩じ伏せたカノンは、馬乗りになり、タイを緩めながら口端を歪めた。先ほど庭園で見た嘲笑だった。
「お前のように聖域の現実を知らないガキを見ると、反吐が出る。」
男の手が乱暴にミロの襟元にかけられ、勢いよく、布地を裂いた。急に素肌に触れた冷たい空気に、ミロの肌が粟立った。
これから何をされようとしているのか、経験のないミロにはまったくわからなかった。まさか、同性同士でそのような行為に及べるなど、これまでの15年の人生の中で、潔癖なミロは考えたことすらなかった。
それでも、ミロは男から逃げようとして、身体を捩った。抵抗を封じ込めるためか、両手は頭上にまとめ上げられ、動かせそうにない。足を振り上げて蹴りつけようとすると、殴りつけられ、口内に血の味が広がった。
ぎりりと歯を食いしばり、怒りに燃え滾る目で睨みつけるミロの様子に、男が満足そうに目を眇めた。
「黄金聖闘士ともあろうものが、貶められる気分はどうだ?」
ミロの首筋に舌を這わせながら、男が言う。はじめての感覚にぞくぞくした。自分の感覚が信じられなかった。ミロは慌てて首を振って男を払い除けたが、男は気にした風には見えず、まるで、ミロの先ほどの衝動がわかっているかのように口端をつりあげた。
はじめて、ミロは心から焦燥を覚えた。
「俺がお前に身を持って、所詮お前は世間知らずで甘ちゃんなガキだったと教えてやる。感謝するんだな。」
男の空いている方の手が、ミロのズボンにかかった。
「お前が無造作に甘受している立場を、俺は、望んでも得られなかった。だから決めたんだ。俺をこんな風にしたやつらから、お前たちから、奪い返してやる。」
日の射さないブルーグラードは、朝も薄闇に閉ざされている。
身体が軋んだ。持て余すほどの熱を吐き出された身体は、膿んだように熱を孕み、重かった。それ以上に、心が重かった。
ベッドから降り、床に散らばった自分の服をまとった男は、目覚めてなおずっと黙りこんでいるミロへ、部屋に備えつけてあった服を投げて寄越した。生きて帰されるようだ。
少なくとも、ハーデスと無関係の任で、殺されなかっただけましと捉えるべきか。
しかし、意に染まない無体を働かれたというのに、ミロは乱れてしまった自分が許せなかった。
男はそんなミロの胸中を読んだのか、ベッドに片膝をつき、いつになく優しい仕草でミロの頬へ手を添えた。やけに甘い、まるで悪魔の囁きのような声だった。
「また遊びたくなったら来い。相手をしてやる。」
うそぶく男の手を、ミロは振り払った。これ以上触れられたら、何かが決定的に壊れてしまう気がしたのだ。
「ふざけるな…!」
「ふざけてなどいるものか。お前はさぞ好い声で鳴くだろう…昨夜のように。」
はじめて味わった恐怖はミロを委縮させ、正常な判断力を失わせた。相手にならないというのに、懲りずに殴りかかろうとするミロの攻撃を男はあっさり受け流すと、ミロから身体を離した。
「そうだ。お前たちの教皇によろしく伝えてくれ。」
揶揄する声が癇に触る。それでも、ミロは自分を変えてしまった存在に問いかけずにいられなかった。
「…貴様の名は?」
男が嗤った。自嘲めいた嘲笑だった。
「やつには、名など伝えずともわかるだろう。わかったら、さっさと出ていけ。俺も暇ではないのでな。お前の相手をしてやれるのも限度がある。」
男から退室を促されたミロは、憤りのまま乱暴に服をまとうと、部屋から飛び出した。
聖闘士にとって、怪我は珍しくない。痣や切り傷も、すでに見慣れている。
だのに、これまでのものとは何かが違う気がして、ミロはカミュとの宿泊先に戻る最中も、手首の痣を隠すようにずっと握り締めていた。
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「わかるか?俺の形のお前の中が広がっているのが。」
と、カノンに嘲笑させたかったです。
R18になるので書けませなんだ。
LCの時代に無印の黄金聖闘士がいたら、どうなるかな!
と、思った結果、ロマンス小説でよく登場されるナポレオンさまの出番になりました。
*
*
1805年。ナポレオンの台頭により、世界は混乱に陥りつつあった。
当時、15歳だったミロは、母国フランスの横暴を悲観するカミュの憂いを取り払うべく、故郷のミロス島へ帰省すると嘘を吐いて、単身フランスへ向かう。
ミロは、聖闘士が政治に介入することは禁じられていることを重々称している。
政治に介入できないことを理解しているというのに、自分は何がしたいのか、何をしに行くのか。
自分でもわからないままフランスへ渡ったミロは、街で、ナポレオンのイギリス上陸表明(演説)を見ることになる。あれがかのナポレオンか。じっと見つめる視線の先で、ミロは青い髪の男に気づく。
男からは気配がまったくしない。小宇宙も。
だが、かえって不自然だ。気配のまったくない存在など。
あのただならぬ男…側近だろうか?
目を眇めて探ろうとするミロと男の目が、一瞬、合った。ミロは目をぱちくりさせる。気のせいだろうか。それにしては…男が口端を歪めて笑ってみせたように見えた。
翌週、ナポレオン主催の仮面舞踏会が催された。イギリス攻略を前に、イギリスと手を組んだ第三次対仏大同盟参加諸国に、フランスの栄華を見せつけるのが目的の舞踏会は大々的に催された。
紛れこんだミロは、あの男の姿を探す。
別に、見つけ出したところで何ができるわけでもないのだが…。
ナポレオンの傍に男はいた。先日は側近だと思ったが、こうしてみると、ナポレオンの方が側近に見えた。オペラ座の怪人の仮装せいだろうか。
眉根を寄せるミロの眼前で、視線に気づいたのか、ミロの方を見た男がふっと笑みをたたえると、ゆっくり近づいてきた。身体を強張らせるミロに、男が笑いかける。
「またお前か。聖域が一体何の用だ?政治には不介入を決め込んでいるはずだろう。」
男の発言にとっさに言い訳をしそうになったミロは口を噤む。男は、聖域を知っているのだ。もと聖闘士候補生か…いや、外部の人間でも、聖域の事情に明るい者はいなくはない。権力者はいつでも聖域を欲してきた。
下手に情報を開示するのも、聖域の損となるだろう。黙りこむミロに、カノンが眉を上げる。
「なんだ?用事があって来たんだろう。だんまりか?」
男の言いようにむっとするミロ。男はナポレオンを一瞥し、それからミロを眺め、
「ここでは人が多すぎる。庭園へ行くぞ。ここよりはマシだろう。」
美しい庭園も夜の帳で覆われている。ときおり、耳を突くのは嬌声だろうか。
フランスの夜気に当てられ、たじろぎ、耳を赤くするミロの様子に、カノンがさもおかしそうに笑声を漏らす。
「何がおかしい!」
噛みつくミロに
「聖域の黄金聖闘士さまはこういうのはお嫌いか。」
「…!俺のことを」
「知っているに決まっている。」
カノンはミロの顎を指で持ち上げ、まじまじと顔を覗き込む。
「そのアンタレスのような煌めき…お前は、蠍座の黄金聖闘士ミロだろう。」
カノンはきつく睨みつけてくるミロから手を離し、
「噂には聞いていたが、黄金聖闘士がこんなガキだとはな。笑わせてくれる。」
なによりも誉にしている黄金聖闘士の座を嘲られ、頭に血がのぼったミロはカノンに攻撃を仕掛ける。しかし、あっさり流され、そのままの勢いで引き寄せられる。
吐息がかかるほどの距離にカノンの唇。
「逸るな、ガキが。ここでは人目を引く。他の場所でなら、相手をしてやらんこともないが…、」
そこでカノンはわざと言い渋るふりをする。
「罠と知っていてかかるだけの度胸が、はたしてお前にあるものか。」
「…馬鹿にするな!」
鼻先で嗤ったカノンはミロを自由にすると、さっさと歩き出す。憤慨しながら、あとをついていくミロ。
館に踏み入れ、次第に人気がなくなっていく。ここは客室だろうか。
部屋に足を踏み入れた途端、ミロは胸倉を掴まれて投げ出される。ベッドの上。
小宇宙を高め、SNの準備をしようとするミロを乱暴にベッドに捩じ伏せたカノンは、馬乗りになり、タイを緩めながら口端を歪める。先日、演説で見た嗤い方。
「お前のように聖域の現実を知らないガキを見ると、反吐が出る。」
ミロは何をされようとしているのか気付かないまま、それでも、カノンから逃げようとして殴りつけようとするが、その手を頭上にまとめ上げられる。抵抗した際、手ひどく殴られ、歯で切ったらしく口端に血が滲む。
ぎりりと歯を食いしばり、怒りに燃え滾る目で睨みつけてくるミロにカノンはゾクゾクする。
カノンは、自分が願っても手に入れることの出来なかった黄金聖闘士の座に、辛苦のなんたるかを何も知らないようなガキが座っているのが気に触って仕方ない。それも、「黄金聖闘士」が体現したかのような金髪碧眼の、ギリシャ人のミロに、羨望とも憎悪とも判別のつかない激しい感情が湧いた。
翌朝、カノンは、目覚めてなおずっと黙りこんでいるミロへ、部屋に備えつけてあった服を投げて寄越す。ミロがまとっていた服はボロボロで見る影もない。
意に染まない無体を働かれたというのに、乱れてしまった自分が許せないミロに、カノンは膝をつき、いつになく優しい仕草でミロの頬へ手を添える。
「また遊びたくなったら来い。相手をしてやる。」
うそぶくカノンの手を振り払い、眦を真っ赤にしたミロは歯軋りする。
「ふざけるな…!」
「ふざけてなどいるものか。お前はさぞ好い声で鳴くだろう…昨夜のように。」
相手にならないというのに、懲りずに殴りかかろうとするミロにカノンは、
「そうだ。お前たちの教皇によろしく伝えてくれ。」
「…貴様の名は?」
「やつには、名など伝えずともわかるだろう。」
くつくつ笑いながら、カノンはミロから身体を離す。
「わかったら、さっさと出ていけ。俺も暇ではないのでな。お前の相手をしてやれるのも限度がある。」
怒りに真っ赤になり、身を震わせるミロが部屋から飛び出していくと、カノンは満足そうに微笑む。
抱くつもりはなかった。男など、これまで抱くどころか、その気になったことすらない。だが、あの蠍には不思議とそそられるものがあった。
カノンは一人ごちる。
「今度会ったときは殺そうか、それとも…」
取るものも取らず、聖域へ飛ぶようにして帰還したミロは、教皇の間に呼び出される。ミロス島に帰っていなかったことがばれたのだ。
アフロディーテの立ち会いの下、教皇から叱責を受けるミロ。
親友の憂いが気にかかるのはわかるが、政治に不介入を貫いていることは、ミロとても知っているはず。
詰問するアフロディーテを諌めた教皇が、ミロに何があったのか問いかける。ミロはカノンとの間にあったことを言いかねたものの、アフロディーテの追及に、あったことを語り始める。
もちろん、抱かれたことは言わない。口に出来るわけもない。聖闘士の手本たる黄金聖闘士が、あんな淫らに…。
名も知らぬ男が教皇を見知っているようだったことを伝えると、教皇の傍らのアフロディーテの表情が目に見えて厳しくなった。
「一体、やつは何ものなのです?」
問いかけるミロを制し、教皇
「もう下がって良い。お前はしばらく、天蠍宮で謹慎するように。」
教皇を殺し、教皇に成り代わったサガは、カノンが生きていたことを知って驚く。のみならず、まさか、サガが教皇に成り代わったことまで知っているとは…。
ミロから伝えられた事実に沈黙するサガへ、サガに忠誠を誓うアフロディーテがカノン抹殺命令を出すよう要請する。しかし、サガは首を振る。
「愚弟とはいえ、カノンの実力はこのサガと同等…お前たちで容易く取れる命ではない。」
「ですが。」
「良い。やつには今しばらく好きにさせてやろう。それより、アテナの行方はわかったか。」
「手を尽くして探してはいるのですが、いまだ見つからず…。」
「そうか。」
アテナは鎖国中の日本にいる。
*
以来、真相を知られるのではないかとカノンとの接触を恐れたサガにより、聖域から出してもらえないまま、5年が過ぎる。
ナポレオンの影響により、日本にもイギリスの艦隊がやって来る。フェートン事件が切欠で、イギリスにわたることになった沙織。
沙織の登場により、サガの乱勃発。
あの日会った男が、聖域から姿を消したサガだったのではないか。そして、アイオロスはサガと教皇の反目に巻き込まれ、死んだだけで、謀反人ではないのではないか。
5年の間にそう結論をくだしていたミロは、サガの遺体に違和感を覚える。同じ見目だというのに、何かが、違う。
だが、サガを筆頭にアフロディーテやデスマスクも亡くなった今となっては、ミロの疑念に答えてくれるものなどいない。
ミロはあの日のことを忘れようと努め、沙織に尽くす。
数カ月後、海闘士との戦の火蓋が切って落とされる。
ナポレオンを見限ったカノンは、サガの死を契機に、ポセイドン復活を目論む。
カノンを見たミロは、この男こそがあの男だ、と確信する。しかし、青銅聖闘士の働きによって、終ぞ、カノンとは直接対峙しないまま、海闘士戦が終わってしまう。ミロはスペアとして生き、名誉を得ずして死んだ(という認識だった)カノンを思いながら、黄金聖闘士として聖戦に臨む。
まさかのカノンとの再会。しかし、ここにいるとすれば、この男しかいなかった…
ミロはサガの反撃に消耗したカノンに立ち退くよう命じる。ミロとしては、私的にも、黄金聖闘士としても、カノンを赦すわけにはいかない。しかし、カノンは引かないと言う。頭に血が上ったミロはカノンに狂気か死か迫った。
カノンが壊れた陶器だとするならば、陶器を修復したのは沙織。けれど、空っぽの中身を注いだのは、紛れもなくミロ。
凌辱されて憎くないはずがないだろうに、憎悪よりも、黄金聖闘士としてのプライドを優先したミロに、カノンは応えようとする。その結果、ラダマンティスと自爆。聖戦後、復活。
*
SNで仲間として認めたことがなかったかのように、カノンを避けようとするミロ。しかし、カノンは追及の手を緩めず、ミロを追い詰める。
人気のない場所で、カノンの手によって無理矢理追いあげられるミロだったが、いつも、あと少しというところでカノンは立ち去ってしまう。
嫌々追い上げられたにもかかわらず、自分で慰めてしまうのも浅ましい気がして、恥辱の中、必死に冷水を浴びて自らを戒めようとするミロ。終いにはカミュに凍らせてくれというに至り、正気か?と問われる始末。
カミュからあまりミロを思いつめさせないでくれと言われたカノンは、ミロ以外どうでも良い。
そのうち、ミロの方から求めてくることを望んでいるカノンは策士。ある日、とうとうキレたミロが何故最後までやらないのかとカノンを問い詰める。嫣然と笑うカノン。
「何だ、最後までして欲しいのか?」
「…違う!違うが、しかし、」
「違わないだろう?」
ミロの首筋に舌を這わせながら、カノンは囁く。
「~~~~~!!!」
声にもならず、カノンをばんばん叩くミロ。カノンは楽しそうに笑うと、ミロを肩に担いで双児宮へ向かおう…としたが、遠かったので、天蠍宮に矛先を変える。
それに、帰るとどうせ、兄が五月蠅いだろう。
どこの宮も居住空間の造りは似たり寄ったり。カノンはミロをベッドに押し倒すと、熱烈なキスをかましてから、あんまりのキスにふわふわしているミロの頬を撫でて、にっと笑う。
思えば、最初から、ミロは特別だった。あのときはまさか男を抱くことになるとは、と、驚きもしたが、こうなるともはや運命としか思えない。
カノンは、ミロがはっと正気づいて暴れ出す前に、快楽で思考能力を奪ってしまう策に出る。ろくに耐性もないミロは快楽の荒波に呑まれ、カノンの望むまま、翻弄されることになる。
翌朝、ミロは、平気な顔をして寝ているカノンの腕の中にいることを認識すると
「…」
無言で腕を払い除ける。
無言でベッドから這い出て、腰が立たず転げ落ち、それでも無言のまま決死の覚悟で這っていき、衣服を身にまとうミロ。ミロが腕から抜け出た時点でとっくに目が覚めていたカノンは、悠々とミロに近付くと、軽いキスをする。
「どこに行くつもりだ?」
「どこでも良い。お前がいない場所ならば。」
「つれないことを言うな。お前と俺の仲ではないか。」
「誰がだ!」
ぷりぷり怒るミロだったが、この後、カノンの意外な才能(調理)に見せられ、朝食をモリモリ食べてすっかり機嫌を直すことに。最初から餌づけをすれば良かったと思いながら、ミロのためにせっせと働くカノン。
たぶん、そのうち、勝手に住み着かれてて、ナポレオンはおろか神すらも誑かした程の才能で外堀から埋められて、気付いたら恋人認定。傲岸不遜で超余裕なカノンは、その実ミロに捨てられないかと不安で、夜になるとミロが意識を手放すまで手ひどく抱いてしまったりするのだ。たぶん。きっと。
あと、アテナとミロ以外は虫扱いなので、海闘士のこともあったし、聖域ではあんまり評判が芳しくないけれど、まったく気にしないひどいカノン。でも、ミロが気にかけてくれると、ミロのためにちょっと他の聖闘士にも態度を軟化したりする。
という妄想を一日中していたら、わたしは、わたしは、
(信じられるか…?これをツイッターに垂れ流したんだぜ…まとめてみたら長くてびっくりしたわ。)
と、思った結果、ロマンス小説でよく登場されるナポレオンさまの出番になりました。
*
*
1805年。ナポレオンの台頭により、世界は混乱に陥りつつあった。
当時、15歳だったミロは、母国フランスの横暴を悲観するカミュの憂いを取り払うべく、故郷のミロス島へ帰省すると嘘を吐いて、単身フランスへ向かう。
ミロは、聖闘士が政治に介入することは禁じられていることを重々称している。
政治に介入できないことを理解しているというのに、自分は何がしたいのか、何をしに行くのか。
自分でもわからないままフランスへ渡ったミロは、街で、ナポレオンのイギリス上陸表明(演説)を見ることになる。あれがかのナポレオンか。じっと見つめる視線の先で、ミロは青い髪の男に気づく。
男からは気配がまったくしない。小宇宙も。
だが、かえって不自然だ。気配のまったくない存在など。
あのただならぬ男…側近だろうか?
目を眇めて探ろうとするミロと男の目が、一瞬、合った。ミロは目をぱちくりさせる。気のせいだろうか。それにしては…男が口端を歪めて笑ってみせたように見えた。
翌週、ナポレオン主催の仮面舞踏会が催された。イギリス攻略を前に、イギリスと手を組んだ第三次対仏大同盟参加諸国に、フランスの栄華を見せつけるのが目的の舞踏会は大々的に催された。
紛れこんだミロは、あの男の姿を探す。
別に、見つけ出したところで何ができるわけでもないのだが…。
ナポレオンの傍に男はいた。先日は側近だと思ったが、こうしてみると、ナポレオンの方が側近に見えた。オペラ座の怪人の仮装せいだろうか。
眉根を寄せるミロの眼前で、視線に気づいたのか、ミロの方を見た男がふっと笑みをたたえると、ゆっくり近づいてきた。身体を強張らせるミロに、男が笑いかける。
「またお前か。聖域が一体何の用だ?政治には不介入を決め込んでいるはずだろう。」
男の発言にとっさに言い訳をしそうになったミロは口を噤む。男は、聖域を知っているのだ。もと聖闘士候補生か…いや、外部の人間でも、聖域の事情に明るい者はいなくはない。権力者はいつでも聖域を欲してきた。
下手に情報を開示するのも、聖域の損となるだろう。黙りこむミロに、カノンが眉を上げる。
「なんだ?用事があって来たんだろう。だんまりか?」
男の言いようにむっとするミロ。男はナポレオンを一瞥し、それからミロを眺め、
「ここでは人が多すぎる。庭園へ行くぞ。ここよりはマシだろう。」
美しい庭園も夜の帳で覆われている。ときおり、耳を突くのは嬌声だろうか。
フランスの夜気に当てられ、たじろぎ、耳を赤くするミロの様子に、カノンがさもおかしそうに笑声を漏らす。
「何がおかしい!」
噛みつくミロに
「聖域の黄金聖闘士さまはこういうのはお嫌いか。」
「…!俺のことを」
「知っているに決まっている。」
カノンはミロの顎を指で持ち上げ、まじまじと顔を覗き込む。
「そのアンタレスのような煌めき…お前は、蠍座の黄金聖闘士ミロだろう。」
カノンはきつく睨みつけてくるミロから手を離し、
「噂には聞いていたが、黄金聖闘士がこんなガキだとはな。笑わせてくれる。」
なによりも誉にしている黄金聖闘士の座を嘲られ、頭に血がのぼったミロはカノンに攻撃を仕掛ける。しかし、あっさり流され、そのままの勢いで引き寄せられる。
吐息がかかるほどの距離にカノンの唇。
「逸るな、ガキが。ここでは人目を引く。他の場所でなら、相手をしてやらんこともないが…、」
そこでカノンはわざと言い渋るふりをする。
「罠と知っていてかかるだけの度胸が、はたしてお前にあるものか。」
「…馬鹿にするな!」
鼻先で嗤ったカノンはミロを自由にすると、さっさと歩き出す。憤慨しながら、あとをついていくミロ。
館に踏み入れ、次第に人気がなくなっていく。ここは客室だろうか。
部屋に足を踏み入れた途端、ミロは胸倉を掴まれて投げ出される。ベッドの上。
小宇宙を高め、SNの準備をしようとするミロを乱暴にベッドに捩じ伏せたカノンは、馬乗りになり、タイを緩めながら口端を歪める。先日、演説で見た嗤い方。
「お前のように聖域の現実を知らないガキを見ると、反吐が出る。」
ミロは何をされようとしているのか気付かないまま、それでも、カノンから逃げようとして殴りつけようとするが、その手を頭上にまとめ上げられる。抵抗した際、手ひどく殴られ、歯で切ったらしく口端に血が滲む。
ぎりりと歯を食いしばり、怒りに燃え滾る目で睨みつけてくるミロにカノンはゾクゾクする。
カノンは、自分が願っても手に入れることの出来なかった黄金聖闘士の座に、辛苦のなんたるかを何も知らないようなガキが座っているのが気に触って仕方ない。それも、「黄金聖闘士」が体現したかのような金髪碧眼の、ギリシャ人のミロに、羨望とも憎悪とも判別のつかない激しい感情が湧いた。
翌朝、カノンは、目覚めてなおずっと黙りこんでいるミロへ、部屋に備えつけてあった服を投げて寄越す。ミロがまとっていた服はボロボロで見る影もない。
意に染まない無体を働かれたというのに、乱れてしまった自分が許せないミロに、カノンは膝をつき、いつになく優しい仕草でミロの頬へ手を添える。
「また遊びたくなったら来い。相手をしてやる。」
うそぶくカノンの手を振り払い、眦を真っ赤にしたミロは歯軋りする。
「ふざけるな…!」
「ふざけてなどいるものか。お前はさぞ好い声で鳴くだろう…昨夜のように。」
相手にならないというのに、懲りずに殴りかかろうとするミロにカノンは、
「そうだ。お前たちの教皇によろしく伝えてくれ。」
「…貴様の名は?」
「やつには、名など伝えずともわかるだろう。」
くつくつ笑いながら、カノンはミロから身体を離す。
「わかったら、さっさと出ていけ。俺も暇ではないのでな。お前の相手をしてやれるのも限度がある。」
怒りに真っ赤になり、身を震わせるミロが部屋から飛び出していくと、カノンは満足そうに微笑む。
抱くつもりはなかった。男など、これまで抱くどころか、その気になったことすらない。だが、あの蠍には不思議とそそられるものがあった。
カノンは一人ごちる。
「今度会ったときは殺そうか、それとも…」
取るものも取らず、聖域へ飛ぶようにして帰還したミロは、教皇の間に呼び出される。ミロス島に帰っていなかったことがばれたのだ。
アフロディーテの立ち会いの下、教皇から叱責を受けるミロ。
親友の憂いが気にかかるのはわかるが、政治に不介入を貫いていることは、ミロとても知っているはず。
詰問するアフロディーテを諌めた教皇が、ミロに何があったのか問いかける。ミロはカノンとの間にあったことを言いかねたものの、アフロディーテの追及に、あったことを語り始める。
もちろん、抱かれたことは言わない。口に出来るわけもない。聖闘士の手本たる黄金聖闘士が、あんな淫らに…。
名も知らぬ男が教皇を見知っているようだったことを伝えると、教皇の傍らのアフロディーテの表情が目に見えて厳しくなった。
「一体、やつは何ものなのです?」
問いかけるミロを制し、教皇
「もう下がって良い。お前はしばらく、天蠍宮で謹慎するように。」
教皇を殺し、教皇に成り代わったサガは、カノンが生きていたことを知って驚く。のみならず、まさか、サガが教皇に成り代わったことまで知っているとは…。
ミロから伝えられた事実に沈黙するサガへ、サガに忠誠を誓うアフロディーテがカノン抹殺命令を出すよう要請する。しかし、サガは首を振る。
「愚弟とはいえ、カノンの実力はこのサガと同等…お前たちで容易く取れる命ではない。」
「ですが。」
「良い。やつには今しばらく好きにさせてやろう。それより、アテナの行方はわかったか。」
「手を尽くして探してはいるのですが、いまだ見つからず…。」
「そうか。」
アテナは鎖国中の日本にいる。
*
以来、真相を知られるのではないかとカノンとの接触を恐れたサガにより、聖域から出してもらえないまま、5年が過ぎる。
ナポレオンの影響により、日本にもイギリスの艦隊がやって来る。フェートン事件が切欠で、イギリスにわたることになった沙織。
沙織の登場により、サガの乱勃発。
あの日会った男が、聖域から姿を消したサガだったのではないか。そして、アイオロスはサガと教皇の反目に巻き込まれ、死んだだけで、謀反人ではないのではないか。
5年の間にそう結論をくだしていたミロは、サガの遺体に違和感を覚える。同じ見目だというのに、何かが、違う。
だが、サガを筆頭にアフロディーテやデスマスクも亡くなった今となっては、ミロの疑念に答えてくれるものなどいない。
ミロはあの日のことを忘れようと努め、沙織に尽くす。
数カ月後、海闘士との戦の火蓋が切って落とされる。
ナポレオンを見限ったカノンは、サガの死を契機に、ポセイドン復活を目論む。
カノンを見たミロは、この男こそがあの男だ、と確信する。しかし、青銅聖闘士の働きによって、終ぞ、カノンとは直接対峙しないまま、海闘士戦が終わってしまう。ミロはスペアとして生き、名誉を得ずして死んだ(という認識だった)カノンを思いながら、黄金聖闘士として聖戦に臨む。
まさかのカノンとの再会。しかし、ここにいるとすれば、この男しかいなかった…
ミロはサガの反撃に消耗したカノンに立ち退くよう命じる。ミロとしては、私的にも、黄金聖闘士としても、カノンを赦すわけにはいかない。しかし、カノンは引かないと言う。頭に血が上ったミロはカノンに狂気か死か迫った。
カノンが壊れた陶器だとするならば、陶器を修復したのは沙織。けれど、空っぽの中身を注いだのは、紛れもなくミロ。
凌辱されて憎くないはずがないだろうに、憎悪よりも、黄金聖闘士としてのプライドを優先したミロに、カノンは応えようとする。その結果、ラダマンティスと自爆。聖戦後、復活。
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SNで仲間として認めたことがなかったかのように、カノンを避けようとするミロ。しかし、カノンは追及の手を緩めず、ミロを追い詰める。
人気のない場所で、カノンの手によって無理矢理追いあげられるミロだったが、いつも、あと少しというところでカノンは立ち去ってしまう。
嫌々追い上げられたにもかかわらず、自分で慰めてしまうのも浅ましい気がして、恥辱の中、必死に冷水を浴びて自らを戒めようとするミロ。終いにはカミュに凍らせてくれというに至り、正気か?と問われる始末。
カミュからあまりミロを思いつめさせないでくれと言われたカノンは、ミロ以外どうでも良い。
そのうち、ミロの方から求めてくることを望んでいるカノンは策士。ある日、とうとうキレたミロが何故最後までやらないのかとカノンを問い詰める。嫣然と笑うカノン。
「何だ、最後までして欲しいのか?」
「…違う!違うが、しかし、」
「違わないだろう?」
ミロの首筋に舌を這わせながら、カノンは囁く。
「~~~~~!!!」
声にもならず、カノンをばんばん叩くミロ。カノンは楽しそうに笑うと、ミロを肩に担いで双児宮へ向かおう…としたが、遠かったので、天蠍宮に矛先を変える。
それに、帰るとどうせ、兄が五月蠅いだろう。
どこの宮も居住空間の造りは似たり寄ったり。カノンはミロをベッドに押し倒すと、熱烈なキスをかましてから、あんまりのキスにふわふわしているミロの頬を撫でて、にっと笑う。
思えば、最初から、ミロは特別だった。あのときはまさか男を抱くことになるとは、と、驚きもしたが、こうなるともはや運命としか思えない。
カノンは、ミロがはっと正気づいて暴れ出す前に、快楽で思考能力を奪ってしまう策に出る。ろくに耐性もないミロは快楽の荒波に呑まれ、カノンの望むまま、翻弄されることになる。
翌朝、ミロは、平気な顔をして寝ているカノンの腕の中にいることを認識すると
「…」
無言で腕を払い除ける。
無言でベッドから這い出て、腰が立たず転げ落ち、それでも無言のまま決死の覚悟で這っていき、衣服を身にまとうミロ。ミロが腕から抜け出た時点でとっくに目が覚めていたカノンは、悠々とミロに近付くと、軽いキスをする。
「どこに行くつもりだ?」
「どこでも良い。お前がいない場所ならば。」
「つれないことを言うな。お前と俺の仲ではないか。」
「誰がだ!」
ぷりぷり怒るミロだったが、この後、カノンの意外な才能(調理)に見せられ、朝食をモリモリ食べてすっかり機嫌を直すことに。最初から餌づけをすれば良かったと思いながら、ミロのためにせっせと働くカノン。
たぶん、そのうち、勝手に住み着かれてて、ナポレオンはおろか神すらも誑かした程の才能で外堀から埋められて、気付いたら恋人認定。傲岸不遜で超余裕なカノンは、その実ミロに捨てられないかと不安で、夜になるとミロが意識を手放すまで手ひどく抱いてしまったりするのだ。たぶん。きっと。
あと、アテナとミロ以外は虫扱いなので、海闘士のこともあったし、聖域ではあんまり評判が芳しくないけれど、まったく気にしないひどいカノン。でも、ミロが気にかけてくれると、ミロのためにちょっと他の聖闘士にも態度を軟化したりする。
という妄想を一日中していたら、わたしは、わたしは、
(信じられるか…?これをツイッターに垂れ流したんだぜ…まとめてみたら長くてびっくりしたわ。)
4話?くらいになりそうです。
正式に掲載出来るめどがついたら、削除します。
*
*
ミロが城戸邸にいる氷河のもとへ顔を出したのは、年が明けて間もなくのことだった。
与えられた客室の扉をノックする音に、何の気なしに、星矢か瞬あたりだろうと扉を開けた氷河はミロの姿を見て目を見開いた。アテナの護衛役として視察に付き従うことも間々あるとはいえ、ミロが聖域を出ることは滅多にない。黄金聖闘士は守護する宮に常にいるべきだという信念を持つミロは、親友の居るシベリアにも数えるほどしか顔を出したことがなかった。
それに、ミロの恰好もある。これまで氷河は、黄金聖衣か修行着、シベリア訪問時の厚手のコート姿、護衛役としてのスーツ姿のミロしか見たことがなかったので、ダウンジャケットにジーンズというラフな格好のミロに驚きを隠しきれなかった。
「突然、すまない。元気でやっているか?」
「あ、ああ。あなたの方こそ、元気そうで良かった。それにしても、どうしたんだ、ミロ?」
驚きながらも室内へ迎え入れようとする氷河を、ミロは頭を振って制止した。
「アテナの護衛として来日したのだが、今日は星矢や瞬と気兼ねなく過ごしたいらしくてな。一日、休暇を頂戴したのだ。」
「そうなのか。」
「まあ、あいつらがいれば、アテナは安全だろう。俺も水を差したくはない。」
今回、ミロが沙織の護衛役として来日していた事実すら知らなかった氷河は、ミロの説明にようやく納得した。沙織たちは、シベリアから出てきた氷河に、誰が護衛役なのかあえて教える必要性を感じなかったのだろう。氷河は氷河で、珍しく沙織が屋敷に滞在しているのは瞬から聞き及んでいたが、アイオリアかシュラが護衛につくケースが多く、氷河の親交があるカミュやミロは滅多に持ち場から離れないため、たいして興味を持たなかったのだ。
ミロはそんな氷河の様子を面白そうに眺めていたが、にっこり人好きのする笑みを浮かべた。
「ところで、お前、もう今日は予定が入っているのか?」
一瞬、氷河は今日しようと思っていたことを脳裏に思い浮かべた。本当に、一瞬だけだった。今日絶対にしなければならないことがないことを確認すると、氷河は首を振ってみせた。ミロには尽きせぬ恩義があった。それを抜きにしても、氷河はミロといたかったのだ。
1時間後、氷河はミロと東京の観光地巡りをしていた。ミロが観光をしたいと言ったからだ。何でも、最近、ミロは沙織の母国である日本に興味を抱き、日本語の勉強も始めたらしい。沙織に生真面目な敬慕を注ぐミロらしい話に、氷河の心は温かくなった。氷河はそんなミロを心から愛していた。
とはいえ、半分は母国とはいえ、聖闘士になるための修行に明け暮れ、シベリアに居を構える氷河も、日本の観光地には明るくはない。氷河は書店で観光雑誌を購入すると、ミロが興味を持ちそうな場所を何箇所か見つくろった。寺院メインになったのは、他国の神を見てみたい、とミロが横から口を挟んだからだ。
最初に向かったのは、浅草だった。外国人向けの観光地として有名な場所だが、氷河も実際に足を運ぶのは初めてだ。
この日、東京にしては珍しく降雪の予報が出ており、空には厚い雲が立ち込めていた。灰色を含んだ白い空の下、平日ということもあって人の往来が少ない寺院は、厳粛ながら親しみやすさも感じさせる、独特な雰囲気を醸し出していた。道すがら通りすがる人々の大半は、年配者か、観光中と思しき外国人で、観光地らしく確かに活気はあるのだが、東京の喧騒とは隔絶されているように思われた。
テレビでよく見かけることもあり、正直、そんなに期待はしていなかった氷河は、浅草の様子に目を奪われた。浅草は、想像以上に、ノスタルジックな場所だった。実際の日本は近代化が進んでいることを承知している氷河でも、思わず、古き良き日本の風景に目が釘づけになった。
「ギリシャ以外にも、このような場所があるのか。さすがは、アテナが住まわれる国だ。」
隣のミロも、目を輝かせている。氷河もミロも金髪なので、傍から見れば完全に海外からの観光客だろう。氷河は内心苦笑を禁じ得なかったが、それ以上に、本心から来て良かったと思った。もっとも、ミロに請われれば、氷河はどこにでも飛んでいくつもりだったのだが、それを口にするだけの浅慮も勇気も持ち合わせがなかった。
有名な雷門の前に来たとき、記念撮影をしたいといってミロがカメラを取り出した。シャカに自慢するらしい。
「あの、シャカか?」
「そうだ。出不精なあいつはきっと羨ましがるだろうから、沢山写真を撮っていって見せてつけてやろう。」
ミロが笑う。ミロが何のてらいもなく、根が生えたように処女宮から動こうとしないシャカのことをからかうので、氷河はびっくりした。シャカは、とうてい人づきあいが良いタイプではなかったからだ。カミュの話では、ミロはあのカノンとも誰より仲良くやっているというので、氷河が思っていた以上に、ミロは人づきあいが巧いのだろう。
ミロはどちらかというと直情型だが、アイオリアのように熱意に振り回されるだけの男ではない。自らの非を認めるだけの器量も持ち合わせている。黄金聖闘士としてのプライドが誰よりも高く、理想に添うよう自分のみならず周囲にも強いる点が厄介といえば厄介ではあったが、カミュによって聖闘士の生きざまを叩き込まれた氷河には、詭弁を弄せず行動で信念を示すミロの態度がかえって清々しく感じられるのだった。
「オレが撮ろう。」
申し出る氷河に、ミロが快活に笑った。
「駄目だ。こういう写真はみなで撮るものなのだろう。お前も映るが良い、氷河。」
ミロはそう言うなり、近くの人を掴まえに行ってしまった。日本語のわかる氷河に撮影者の確保を任せるなど、考えもしなかったらしい。氷河は一瞬あっけにとられたものの、身ぶり手ぶりのカタコトで撮影の依頼をしているミロの成果を待つことにした。
足早に進んでいったミロは、売店員を見つけると、目を輝かせた。歩調に合わせて、ふわりふわりとくせ毛が跳ねる。
こうして観察していると、氷河は改めて思い知らされる事実があった。ミロには、威圧的なまでの存在感があるのだ。男にしては珍しいほど長い金髪に、ほどよく日焼けした金色の肌、目鼻立ちのはっきりした端正な顔立ちも要因の一部だろう。しかし、それだけではない何かが、ミロにはあった。
氷河が師と仰ぐカミュも人目を引く男だ。美しく燃える赤毛と、対照的に、静けさを孕んだ冷たい雰囲気と美貌が、異性の心を捉えて止まないことを氷河は知っている。他の黄金聖闘士にしてもそうだ。黄金聖闘士はみな、浮世離れした存在感の持ち主ばかりだった。
しかし、その中にあっても、ミロの持つ雰囲気はどこか変わっていた。生と死を守護する蠍座の黄金聖闘士だからか、二面性のようなものがあった。真面目な表情のときは冷たさなすら覚えるほど鋭利な目も、ひとたび笑えば騒々しいまでの陽気さを湛え、人懐こく見えた。くるくる変わる表情は、否応なしに人々を惹きつけた。まるで、鮮やかな夏日のように。
白に覆い尽くされたシベリアに住んでいるので、なおさら、惹きつけられるのだろうか。
そんなことを考えている間にも、ミロは無事交渉を成功させたらしい。満面の笑みで手を振りながら戻って来た。後ろを歩く売店員も、手慣れた様子でミロのカメラを弄りながら近づいてくる。
それから、観光地に行くたびに、ミロは写真を撮りたがった。シャカに自慢するだけではなく、勉強の一環として、アルバムにして取っておくのだそうだ。
氷河には、カメラを向けられて、年相応にピースするミロが新鮮だった。師が懇意ということもあり、ミロのことは幼少期から見知っていたが、サガの乱のときの天蠍宮での応酬と真摯に黄金聖闘士であろうとする姿勢が鮮烈で、ミロも氷河と同じ人間だという事実を忘れてしまうことが間々あった。
だから、無造作に肩を抱き込まれたときははっとした。
ミロのくせ毛が首筋をくすぐる感触に、無意識のうちに息を止めた氷河は顔を赤らめ、視線を落とした。これがミロにとって何の意味も持たない行動であることは、氷河にもわかっていた。ミロにしてみれば、氷河は親友の弟子で、導くべき青銅聖闘士の一人でしかない。そんなことは、重々承知だった。
無頓着にミロが笑う。
「ほら、氷河も笑え。」
そのとき、氷河の中でふいに沸き起こったのは、憤りと焦燥感だった。
氷河はミロが考えているような子どもではない。清廉潔白な聖闘士でもない。否応なしにミロに惹きつけられるただの男だ。幼少期に出逢ったときから慕ってはいたが、天蠍宮で認められた5年前から浅ましい欲を覚えるようになり、氷河は自分の抱く感情の終着点を見た。
もちろん、氷河はずいぶん悩んだ。聖域に籠っているため滅多に会う機会のないミロを神格化する一方で、浅ましい情欲の捌け口にしてしまう現実に辟易して、ガールフレンドを作ってみたこともある。しかし、毎回判を押したように、ガールフレンドが黄みの強いブロンディだという事実を瞬に指摘されてからは、逃避する努力も放棄し、報われずともミロを慕い続ける道を選んでいた。
口にするつもりも、見返りを求める気もなかった。
だが、少しくらい困らせてやっても良いだろう。
「ミロ、」
「む?何だ、氷河。」
観光巡りを開始した時刻が遅かったこともあり、すでに夕闇が迫りつつあった。空からは今にも雪が降り出しそうだ。そうすれば、交通手段にも支障が出る。聖闘士の自分たちが雪や電車の遅延ごときで困ることはないが、一般人にならって、帰るならば早い方が良い。
氷河は脳裏で言い訳を並べながら、ミロの耳元に囁いた。
『月が綺麗ですね。』
共通言語であるギリシャ語ではなく日本語、それも、夏目漱石の意訳にしたのは、本心では想いを告げるつもりがなかったからだ。
「は?月?」
氷河の台詞に、呆気に取られた様子でミロが瞬きをする。
その瞬間、ストロボが光った。
氷河は撮影してくれた善意の通行人からカメラを受け取ると、不可解そうに空を見上げるミロを振り仰いだ。当然、月など照っていない。頭上には雪雲が広がるばかりだ。氷河は口端を緩めると、いまだ首を傾げているミロへカメラを差し出した。
「もうそろそろ雪になりそうだ。交通機関が麻痺する前に帰ろう。」
記念に、最後の写真くらいはもらっても良いだろう。目を見開いてきょとんとしているミロの写真を卓上に飾ることを思って、今度こそ、氷河は笑った。ミロにささやかな意趣返しができて満足だったが、それでも、胸の痛みは隠しきれなかった。
正式に掲載出来るめどがついたら、削除します。
*
*
ミロが城戸邸にいる氷河のもとへ顔を出したのは、年が明けて間もなくのことだった。
与えられた客室の扉をノックする音に、何の気なしに、星矢か瞬あたりだろうと扉を開けた氷河はミロの姿を見て目を見開いた。アテナの護衛役として視察に付き従うことも間々あるとはいえ、ミロが聖域を出ることは滅多にない。黄金聖闘士は守護する宮に常にいるべきだという信念を持つミロは、親友の居るシベリアにも数えるほどしか顔を出したことがなかった。
それに、ミロの恰好もある。これまで氷河は、黄金聖衣か修行着、シベリア訪問時の厚手のコート姿、護衛役としてのスーツ姿のミロしか見たことがなかったので、ダウンジャケットにジーンズというラフな格好のミロに驚きを隠しきれなかった。
「突然、すまない。元気でやっているか?」
「あ、ああ。あなたの方こそ、元気そうで良かった。それにしても、どうしたんだ、ミロ?」
驚きながらも室内へ迎え入れようとする氷河を、ミロは頭を振って制止した。
「アテナの護衛として来日したのだが、今日は星矢や瞬と気兼ねなく過ごしたいらしくてな。一日、休暇を頂戴したのだ。」
「そうなのか。」
「まあ、あいつらがいれば、アテナは安全だろう。俺も水を差したくはない。」
今回、ミロが沙織の護衛役として来日していた事実すら知らなかった氷河は、ミロの説明にようやく納得した。沙織たちは、シベリアから出てきた氷河に、誰が護衛役なのかあえて教える必要性を感じなかったのだろう。氷河は氷河で、珍しく沙織が屋敷に滞在しているのは瞬から聞き及んでいたが、アイオリアかシュラが護衛につくケースが多く、氷河の親交があるカミュやミロは滅多に持ち場から離れないため、たいして興味を持たなかったのだ。
ミロはそんな氷河の様子を面白そうに眺めていたが、にっこり人好きのする笑みを浮かべた。
「ところで、お前、もう今日は予定が入っているのか?」
一瞬、氷河は今日しようと思っていたことを脳裏に思い浮かべた。本当に、一瞬だけだった。今日絶対にしなければならないことがないことを確認すると、氷河は首を振ってみせた。ミロには尽きせぬ恩義があった。それを抜きにしても、氷河はミロといたかったのだ。
1時間後、氷河はミロと東京の観光地巡りをしていた。ミロが観光をしたいと言ったからだ。何でも、最近、ミロは沙織の母国である日本に興味を抱き、日本語の勉強も始めたらしい。沙織に生真面目な敬慕を注ぐミロらしい話に、氷河の心は温かくなった。氷河はそんなミロを心から愛していた。
とはいえ、半分は母国とはいえ、聖闘士になるための修行に明け暮れ、シベリアに居を構える氷河も、日本の観光地には明るくはない。氷河は書店で観光雑誌を購入すると、ミロが興味を持ちそうな場所を何箇所か見つくろった。寺院メインになったのは、他国の神を見てみたい、とミロが横から口を挟んだからだ。
最初に向かったのは、浅草だった。外国人向けの観光地として有名な場所だが、氷河も実際に足を運ぶのは初めてだ。
この日、東京にしては珍しく降雪の予報が出ており、空には厚い雲が立ち込めていた。灰色を含んだ白い空の下、平日ということもあって人の往来が少ない寺院は、厳粛ながら親しみやすさも感じさせる、独特な雰囲気を醸し出していた。道すがら通りすがる人々の大半は、年配者か、観光中と思しき外国人で、観光地らしく確かに活気はあるのだが、東京の喧騒とは隔絶されているように思われた。
テレビでよく見かけることもあり、正直、そんなに期待はしていなかった氷河は、浅草の様子に目を奪われた。浅草は、想像以上に、ノスタルジックな場所だった。実際の日本は近代化が進んでいることを承知している氷河でも、思わず、古き良き日本の風景に目が釘づけになった。
「ギリシャ以外にも、このような場所があるのか。さすがは、アテナが住まわれる国だ。」
隣のミロも、目を輝かせている。氷河もミロも金髪なので、傍から見れば完全に海外からの観光客だろう。氷河は内心苦笑を禁じ得なかったが、それ以上に、本心から来て良かったと思った。もっとも、ミロに請われれば、氷河はどこにでも飛んでいくつもりだったのだが、それを口にするだけの浅慮も勇気も持ち合わせがなかった。
有名な雷門の前に来たとき、記念撮影をしたいといってミロがカメラを取り出した。シャカに自慢するらしい。
「あの、シャカか?」
「そうだ。出不精なあいつはきっと羨ましがるだろうから、沢山写真を撮っていって見せてつけてやろう。」
ミロが笑う。ミロが何のてらいもなく、根が生えたように処女宮から動こうとしないシャカのことをからかうので、氷河はびっくりした。シャカは、とうてい人づきあいが良いタイプではなかったからだ。カミュの話では、ミロはあのカノンとも誰より仲良くやっているというので、氷河が思っていた以上に、ミロは人づきあいが巧いのだろう。
ミロはどちらかというと直情型だが、アイオリアのように熱意に振り回されるだけの男ではない。自らの非を認めるだけの器量も持ち合わせている。黄金聖闘士としてのプライドが誰よりも高く、理想に添うよう自分のみならず周囲にも強いる点が厄介といえば厄介ではあったが、カミュによって聖闘士の生きざまを叩き込まれた氷河には、詭弁を弄せず行動で信念を示すミロの態度がかえって清々しく感じられるのだった。
「オレが撮ろう。」
申し出る氷河に、ミロが快活に笑った。
「駄目だ。こういう写真はみなで撮るものなのだろう。お前も映るが良い、氷河。」
ミロはそう言うなり、近くの人を掴まえに行ってしまった。日本語のわかる氷河に撮影者の確保を任せるなど、考えもしなかったらしい。氷河は一瞬あっけにとられたものの、身ぶり手ぶりのカタコトで撮影の依頼をしているミロの成果を待つことにした。
足早に進んでいったミロは、売店員を見つけると、目を輝かせた。歩調に合わせて、ふわりふわりとくせ毛が跳ねる。
こうして観察していると、氷河は改めて思い知らされる事実があった。ミロには、威圧的なまでの存在感があるのだ。男にしては珍しいほど長い金髪に、ほどよく日焼けした金色の肌、目鼻立ちのはっきりした端正な顔立ちも要因の一部だろう。しかし、それだけではない何かが、ミロにはあった。
氷河が師と仰ぐカミュも人目を引く男だ。美しく燃える赤毛と、対照的に、静けさを孕んだ冷たい雰囲気と美貌が、異性の心を捉えて止まないことを氷河は知っている。他の黄金聖闘士にしてもそうだ。黄金聖闘士はみな、浮世離れした存在感の持ち主ばかりだった。
しかし、その中にあっても、ミロの持つ雰囲気はどこか変わっていた。生と死を守護する蠍座の黄金聖闘士だからか、二面性のようなものがあった。真面目な表情のときは冷たさなすら覚えるほど鋭利な目も、ひとたび笑えば騒々しいまでの陽気さを湛え、人懐こく見えた。くるくる変わる表情は、否応なしに人々を惹きつけた。まるで、鮮やかな夏日のように。
白に覆い尽くされたシベリアに住んでいるので、なおさら、惹きつけられるのだろうか。
そんなことを考えている間にも、ミロは無事交渉を成功させたらしい。満面の笑みで手を振りながら戻って来た。後ろを歩く売店員も、手慣れた様子でミロのカメラを弄りながら近づいてくる。
それから、観光地に行くたびに、ミロは写真を撮りたがった。シャカに自慢するだけではなく、勉強の一環として、アルバムにして取っておくのだそうだ。
氷河には、カメラを向けられて、年相応にピースするミロが新鮮だった。師が懇意ということもあり、ミロのことは幼少期から見知っていたが、サガの乱のときの天蠍宮での応酬と真摯に黄金聖闘士であろうとする姿勢が鮮烈で、ミロも氷河と同じ人間だという事実を忘れてしまうことが間々あった。
だから、無造作に肩を抱き込まれたときははっとした。
ミロのくせ毛が首筋をくすぐる感触に、無意識のうちに息を止めた氷河は顔を赤らめ、視線を落とした。これがミロにとって何の意味も持たない行動であることは、氷河にもわかっていた。ミロにしてみれば、氷河は親友の弟子で、導くべき青銅聖闘士の一人でしかない。そんなことは、重々承知だった。
無頓着にミロが笑う。
「ほら、氷河も笑え。」
そのとき、氷河の中でふいに沸き起こったのは、憤りと焦燥感だった。
氷河はミロが考えているような子どもではない。清廉潔白な聖闘士でもない。否応なしにミロに惹きつけられるただの男だ。幼少期に出逢ったときから慕ってはいたが、天蠍宮で認められた5年前から浅ましい欲を覚えるようになり、氷河は自分の抱く感情の終着点を見た。
もちろん、氷河はずいぶん悩んだ。聖域に籠っているため滅多に会う機会のないミロを神格化する一方で、浅ましい情欲の捌け口にしてしまう現実に辟易して、ガールフレンドを作ってみたこともある。しかし、毎回判を押したように、ガールフレンドが黄みの強いブロンディだという事実を瞬に指摘されてからは、逃避する努力も放棄し、報われずともミロを慕い続ける道を選んでいた。
口にするつもりも、見返りを求める気もなかった。
だが、少しくらい困らせてやっても良いだろう。
「ミロ、」
「む?何だ、氷河。」
観光巡りを開始した時刻が遅かったこともあり、すでに夕闇が迫りつつあった。空からは今にも雪が降り出しそうだ。そうすれば、交通手段にも支障が出る。聖闘士の自分たちが雪や電車の遅延ごときで困ることはないが、一般人にならって、帰るならば早い方が良い。
氷河は脳裏で言い訳を並べながら、ミロの耳元に囁いた。
『月が綺麗ですね。』
共通言語であるギリシャ語ではなく日本語、それも、夏目漱石の意訳にしたのは、本心では想いを告げるつもりがなかったからだ。
「は?月?」
氷河の台詞に、呆気に取られた様子でミロが瞬きをする。
その瞬間、ストロボが光った。
氷河は撮影してくれた善意の通行人からカメラを受け取ると、不可解そうに空を見上げるミロを振り仰いだ。当然、月など照っていない。頭上には雪雲が広がるばかりだ。氷河は口端を緩めると、いまだ首を傾げているミロへカメラを差し出した。
「もうそろそろ雪になりそうだ。交通機関が麻痺する前に帰ろう。」
記念に、最後の写真くらいはもらっても良いだろう。目を見開いてきょとんとしているミロの写真を卓上に飾ることを思って、今度こそ、氷河は笑った。ミロにささやかな意趣返しができて満足だったが、それでも、胸の痛みは隠しきれなかった。
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